B-side 1-2

「あ、ちょうど良いところに。植田さんを呼びに来たんです」

 部屋を出た途端、受付の丹原たんばら蝶子ちょうこが駆け寄ってきた。濃い化粧や色彩豊かな羽織物など奇抜な外見をしているが仕事手腕は優秀で、大抵の事務的な要件や簡単な仕事は手早く捌いてくれている。その彼女が、青白い顔で駆け寄ってくるなんて、年に一度あるかないかのことだ。

「どうしたの」

「すぐに第一会議室に来てください。新規の方がいらしてます。今朝方、秋桜公園で高校生位と見られる女性が倒れていると警察に通報があって、ミクログリア被害に遭ったと思わしき反応を示したのでここへ連れてきたそうです」

 話を聞きながら、足早に会議室へ向かう。

「あっ植田さん。良かった、来てくださって」

 ノックをして入室すると後輩スタッフの金本かなもとつづるが困惑した表情で振り向いた。既に金本が担当に付いているのならば、本来は植田への伝達は終業時の報告会で行えば良いだけだ。それをわざわざこの忙しい昼時に呼び出されたということは、どうやら相当イレギュラーな事態になっているらしい。

「運ばれてきた方はどちらにいらっしゃるの」

「一号室で眠っています」

 返事とともに、金本からシナプス検査の結果を記した個票を渡される。貼付された写真の中で、大きなアーモンド型の瞳が愛らしくあどけない顔の少女がこちらを見ていた。そんな無垢な少女に降りかかった、残酷な現実。

「シナプス密度下位一パーセント以下、か。検査値は典型的なミクログリア症状ね」

 シナプス検査結果欄の隣にある医学的な検査結果の欄には、検査値とともにこの少女が健康体であることが言い添えられていた。特に外傷も無いようだ。


「これのどこがそんなに疑問なのかしら」

「検査値は問題ではないんです」

「じゃあ患者の状態が悪いの?一号室だっけ」

 身を翻して会議室を出て行こうとする植田の腕を慌てて掴み、金本は琥珀色の眼鏡がずり下がるのも厭わずに大きく首を横に振った。

「いえ、容態も安定しています。問題は、彼女がシナプスデータベースに存在しないことです」

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