第16話桑原正俊
幸福を信じると、面倒なことが多すぎて疲れる。善悪の区別もまだわからない。面倒くさい。
EP16 桑原正俊
桑原はコンビニが見えてきたところで運転手に話しかける。
「すいません、トイレ行っていいですか?」
「ああ、うん」
「ありがとうございます」
車がコンビニの駐車場に停まる。
「すいません」
桑原はコンビニのトイレに入っていく。
「………………」
やりきれない気持ちがあった。トイレの便器を眺めていると、現実が後ろから近づいてくる。桑原はポケットから銃を取り出す。弾丸は入っておらず、引き金がひけなくなっている。
「ヴっ……」
平井を持ち上げた時の冷たさを思い出し、桑原は便器めがけて嘔吐する。死体に触れて初めて、人間を感じた。
強大な力を扱うのは自分には荷が重い。人間みんなどうでもいいけど自分が嫌われるのは嫌だ。一般的で気づかれない人間になりたい。
「……………………」
桑原はトイレを流し、ドアに手をかける。
ここから出たくない。
「……………」
少し固まった後、トイレから出る。
ガンッと音が鳴る。
「………?」
桑原はコンビニの窓から車の方を見る。そこには、運転手が車から転げ落ち、血を流していた。運転手は四つん這いで車から離れようとしている。
その瞬間、バガンッという音とともに車の屋根がふきとぶ。
桑原は目を見開いた。
車の中から平井が現れた。だが、首から上が明らかに人間の形をしていない。腕も再生している。
平井は運転手の頭を掴み、思い切り噛みつく。
「……………」
桑原はコンビニの中でその光景を眺めていた。
桑原はハっとし、ポケットに手を突っ込む。異常事態だ。報告をしなくては。報告しなければ怒られる、嫌われる、疲れる。
「………………」
桑原が携帯の画面を開くと、化け物がコンビニに入ってきた。
「……………」
店内で悲鳴が響く。
化け物は桑原に向かって話しかける。
「君は…、人間か?」
桑原は少し黙る。
「…?そう……かもしれないですね」
「アリガトウ…。じゃあ陽菜(ハルナ)離上(リア)って人間しってル?」
「?……いや、知りません」
体は平井だが、声は完全に男だ。
桑原は少しずつ後退りする。
「ンーウン……やッぱりコードが書き変わってるな…だけどまだ俺がイきてるってことはまだチャンスはアルカぁ……」
「…………」
化け物が歩くたび、人が、商品が、棚がデロデロに溶けていく。
「……………なんだ?」
溶けた人間が震えたような声で雄叫びをあげ、一斉に桑原の方を見る。
全身の汗が一気に噴き出る。
化け物達は桑原をめがけて走り出す。
桑原は後退りする。逃げようとするたび、壁が迫る。
「うわああああああ!」
1匹の化け物が、桑原の足を掴む。身動きができなくなり、歯を食いしばる。
桑原は体勢を崩しその場に倒れ込む。
「はあ…はぁ、がぁ、は…俺、さぁ」
化け物が桑原の足に噛みつく。
「……………俺、今日初めて人を殺したんだ」
スゥと痛みが全身にわたる。
「今日初めて人を殺したのに、スッキリしなかった。」
口の中の唾液があふれる。
「仕事で殺したからかな……化け物だったからかな……年下だったからかな……腕がなかったからかな……?結局、なんか、正解がわからなかった。な」
手足を噛みちぎられ、徐々に内臓を食われていった。
その一部始終を、コンビニの監視カメラが捉えていた。
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