20、ロープウェイ



 ロープウェイに乗っている。

 定員23名の箱に私一人、扉をがちゃんと閉じられロックをされチェーンをかけられて溶接されたので、頂上に着くまで降りられない。

 外を眺めて景色を楽しむしかなかろうとして、真っ白な霧──もしくは雲の中を突っ切る、画用紙を貼り付けたような窓を睨む。

 眩しい。

 時折、箱を撫でる樹木の葉が手で窓の水滴を払うように、雨粒を拭い落としていく。


『私の苗字と同じ名前のこの木は──』


 ティンクラ鳴る音楽に乗せて柔らかい女性のナレーションが聞こえる。

 こういう時、もう少し木の名前に詳しければ楽しかったはずなのに、と特に学ぶ予定もなかった植物の勉強を怠った自分を恥じる。

 上へ上がれば上がるほど、ただ白いだけだった景色は何層もの雲へと形を変えて、見事な雲海へと変貌する。

 苔になめらかな生クリームを掛けたような、背徳的な絶景が広がる。


 ああ良かった、来てよかった。


 そんな感動も束の間、喧しい金属音が箱内に流れる優しい女性の声を、私の感嘆をかき消してゆく。

 頂上に着き、ロープウェイの箱は開けられる。

 束の間の、完全なる一人旅は、突如終わりを告げる。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る