16、帽子



 お気に入りの帽子をラーメン屋に置いて来てしまった。

 それに気づいたのは、次の日の出勤前。

 いつも掛けてある椅子の背に手を伸ばしても、見慣れたそれが存在しなかった。

 取りに行かないと。

 Googleマップでラーメン屋の開店時間を調べる。幸い、職場の近くの店なので少し抜ける分には問題ない。

 別に毎日被っているわけでもない、のに。無いとどうにも落ち着かない。

 無いと分かると不安になる、と言うのはよくあることで、厄介なことだ。

 山鳩が鳴く頃に家を出て、歩けば頭がどうにも緩い。

 太陽に焼かれて風にさらされて、それは別に珍しいことでは無いはずだったのに、「今日被るはずだった帽子」が無いと言うだけでこうも落ち着かないものか。

 どうか無事でありますように帽子。と願いながらする仕事のなんと捗らないこと。早く開店時間にならないものかと眺める時計のなんと進みの遅いこと。

 そんなもどかしさを経て、無事帽子は受け取ることができた。

 一度失くすと、さらに愛着が湧くと言うもの。丁寧に保管してくれていたラーメン屋にまた来ようと誓うと言うもの。

 出て来たついでに早めの昼食でも取ろう、と近場の魚の美味しい定食屋へと足を運ぶ。

 刺身定食と、壁メニューで一際輝いて見えたごぼうの唐揚げを注文する。

 今度こそ、帽子は忘れないように膝に置いて。


 ちなみに、ごぼうの唐揚げは注文を忘れられていて、食べることが出来なかった。

 食べ損ねた、となるとどうにも落ち着かず、残る仕事にもとても身が入らなかった。


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