第三十二話 フラン視点 傭兵たち
最も強力で、最も高価な兵器とは何かと問われれば、傭兵と答える人間は数多いでしょう。
B国という上位の先進国が、窮地においてもわずか三人しか雇えず、そのわずか三人が長らく戦線を支えたのですから、客観的な実績も十分と言えます。
しかし実際に自分の目で見てみると、さすがに言葉になりません。
傭兵の皆様は、人というよりも災害に近いものでした。
「裸で土下座するなら見逃してやるからさぁ! キレーな顔がオシャカになる前に命乞いしてくれよなぁ!」
【ストーム・アイズ】が出現させたハリケーンは信じがたいほどに巨大なもので、機械神の槍傷そのものを洗濯槽とした洗濯機のようでした。
山脈のように巨大な双頭の巨人骨が冗談のように吸い上げられて、百倍速で公転する星のように高速で迷宮を振り回されます。
「セクハラ見せるのもセクハラ。死ね。死なないならあたしが死ぬ」
偏執的に言いながら、【自殺代行者】が何十回何百回と自分の頭、喉、胸、腹、にナイフを突き立てます。
醜悪な亜人の骨は彼女と全く同じ場所に傷を負いながら、しかし全くひるまずにその夥しい腕で彼女を殴打し――殴った場所と同じ箇所を、速やかに失いました。
「ヘッタクソ」
そう吐き捨てる彼女には、すでに一つの傷もありませんでした。
「てかさ、ウチ以外の女いらなくない?」
【
するとネズミの骨たちは、まるで最初から天使の仲間であったかのように寝返り、同胞の骨を噛み砕き始めました。仲間同士で醜く争うさまを見て、天使のような少女は下卑た笑いを浮かべます。
「♪~♪~! ♪~!」
【嗤う讃美歌のクナト】は戦うそぶりを見せず、他の三人が奏でる戦火の轟音さえも上回る重厚なテノールの歌声を響かせます。
不気味なほど心地よく鼓膜を揺らすそれは、敵対している立場で聞けば苦しみぬいて死ぬのでしょう。今まさに崩壊しながらのたうち回っている鮟鱇の骨がその証拠でした。
……古い古い言葉でいえば、ヤムチャ視点というものでしょうか。
特異物で強化された目は戦いを追えるものの、思考の処理が追い付きません。さすがに年季が違います。おそらくこの戦場にわたくしが混じれば、ものの数秒で消し飛んでしまうことでしょう。
いえ、そんな彼らをお金で雇ったわたくしこそが真のウルトラ最強スーパーガールであることに疑いの余地はありませんが。
「けがらわしい……! 私の愛を、金銭目的の弱輩が! 邪魔するなぁっ!」
新たな骨の兵隊をぞろぞろと召喚しながら、ステロイドみたいな名前の女が心底忌まわし気に吐き捨てます。
文句を言いたいのはこちらのほうです。
「……ナハトさまと何やらご縁がおありの様子でございますが……生憎、わたくしの知ったことではありません……罷り通らせていただきます」
というか、たかだか愛ごときで、わたくしと彼の大冒険を邪魔しないでください。
A国最高幹部だか何だか知りませんが、ありとあらゆる面でひたすらに邪魔な女に言い捨てて、わたくしを抱えるナハトさまに先へ進むよう促します。
彼らの役割は梅雨払い。わたくしたちはあくまで、あの箱の中身を覗きに来たのですから。
「皆……恩に着る」
ナハトさまが駆け出し、道を切り開くように竜巻が荒れ狂って無数の骨を蹴散らします。
「通すと……がぼっ!?」
立ちふさがろうとしたテスタロサが、突然喉を押さえて苦しみだしました。
画面越しの窒息……この場にいない傭兵、【呪いさん】がいい仕事をしたようです。
「邪魔! しないで! 私は今からナハトと結婚するのよぉ!」
激しくせき込みながらも立ち直ったテスタロサが吠え、頭蓋骨がついた脊椎の槍を携えてこちらに突貫してきます。
舞い降りた天使の翼がそれを阻みました。
「キャハハ! 行かせるわけねーじゃん行っき遅れぇ!」
ギリギリギリ、槍をからめとるように翼が歪みます。凄まじい力の拮抗が、ビリビリと稲妻のように肌を叩きました。
「ねぇねぇなー君、こんな死臭する女選ぶくらいならウチにしときなよ。期間限定のお試しでもいいからさぁ」
走り抜けるナハトさまに向けて、【
「不誠実なのは嫌いだし、そもそも選んでもない」
「浮気するつもりなのぉ!?」
テスタロサがヒステリックに叫びます。
「いやなにをどう考えても浮気じゃないが」
「キャハハハハハハ! その女殴ってそうな顔で正論マジ笑える」
「顔は関係ないだろ……」
ナハトさまはしょんぼりとしながらも走る速度を緩めず、迷宮【未顕救世工房カイト=フレニア】の入り口――箱に突き刺さった槍の空洞へと飛び込みました。
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