第三十一話 骨抜きと傭兵
【骨抜きのテスタロサ】。
現在の地球で殺した人間の数が一億を超える七人のうちの一人。
とにかく悪名と汚名には事欠かない女だった。好きな相手の骨を抜き、嫌いな相手の骨を抜き、骨のコレクションを見せびらかすためだけに町を焼く。この女の気紛れで滅びた都市の数は両手で数えきれない。
それがなぜここにいるか、なんてわざわざ聞くまでもなかった。
こいつはA国最高幹部の一角なのだから。
「いつぶりになるのかしら? あなたのことを考えすぎて、最近時間感覚が怪しいの」
テスタロサの声が、蜜のように甘く耳に届く。
「想像と現実の区別がつかないなら今ここの俺に用もないだろ。そのまま、想像上の俺と戯れててくれ」
「相変わらずつれないわねぇ。そんなところも好きよ」
「俺はあんたが嫌いだ」
「あなたの意志は関係ないわ」
テスタロサは傲慢な態度でそう言い放ち、笑う。
「アイツの尻拭いでこんな場所の防衛に回されたのは業腹だけど、あなたに会えたならそれも帳消しね。あぁ……あなたに焼かれた右目が甘く疼く……」
右目のあった場所を押さえて体をくねらせながら、陶然とテスタロサは語り始めた。
「実はね、もう結婚式場は押さえてあるの。B国南部の湖にある式場でね、まるで水の上に立っているようなロケーションなのよぉ。あぁ……あなたの白い骨に黒いタキシードは、きっととても映えるわぁ……」
妄想に浸るようにテスタロサは遠くを見つめうっとりと呟く。
俺に抱えられたままのフランがジト目でこっちを見てきた。
「おモテになるのでございますね……?」
「これをモテるとは言わんだろ」
こいつの妄想だと結婚式場で骨になってるんだぞ俺。
「待っててくれたところ悪いが、俺はこの箱の奥に用がある。通してくれるなら見逃すから、どっか行ってくれないか」
ふざけた女だが、実力は俺が殺しあった敵の中でも最高クラス。切り札を切らないとまず勝てない相手だ。戦闘は、本当に避けたい。
「それはできない相談ねぇ。一応国王陛下の命令でもあるし……なにより、ここから先に進んだら、あなたはアレに殺される。そんなの嫌よ」
「…………」
舐めやがって、とは思わない。
テスタロサは俺の全力を知っていて、俺に目を焼き潰されている。そんな彼女がなお殺されると断定するなら、それなりの根拠はあるはずなのだ。
腹の底から、ワクワクとした気持ちが湧き上がってくる。
箱の中には何がいる。早く、この先を視聴者と一緒に見せてくれ。
「だから今日は最後まで踊りましょう。愛撫するように脊椎を引き抜いて、文字通り骨抜きにしてあげる」
俺の心中も知らず、テスタロサがぱんぱんと手を叩く。
どろり、と腐った泥のようなものが彼女を足元を中心に広がり、引きずり出されるように彼女の軍勢がその姿を露わにする。
天を衝くほどに巨大な双頭の巨人の骨。
胴体の両側に人間の脚を生やした大蛇の骨。
うぞうぞと群れを成し蠢く首のないネズミの骨。
明らかに複数種類の異獣が混じった醜悪な亜人の骨。
地を這いずり、無数の骨魚を周囲に浮かせる鮟鱇の骨。
どれもこれも、パラダイムシフターが比較にもならない力を有している。
相当に強力な異獣の骨を、彼女の持つ骨格操作の特異物【
「迎撃の準備は万端なわけかか」
「それはそうよぉ。もう一度目をつぶされたら叶わないもの」
テスタロサはそう笑いながら、傘を武器にする武人の骨を新たに出現させた。
……先月の戦闘で死んだB国将軍の遺骨まであるのかよ。
「さぁ始めましょうアリルナハト、と言いたいところだけど……」
テスタロサが表情を消し、ひどく冷たい目でフランを射貫く。
「その前に、まずは邪魔者にご退場いただこうかしら」
箱に入る前から切り札を切りたくないが、やるしかないか……と、俺が腹をくくった、その時。
フランは目をつぶり、呟いた。
「……お集まりいただきありがとうございます。皆さま方」
空間がゆがむ。
空間がゆがむ。
空間がゆがむ。
歪みが、まるで水面に石を投げ入れたように、波紋を描いて広がっていく。
空間移動系特異物による多重連続召喚――任意の場所に誰かを呼び出すというだけでも驚きだというのに、そこから現れたものは、正気を疑うようなものだった。
少なくとも、俺にとっては。
「わっはっは! 地獄みたいな光景ですなぁ!」
最初に出てきたのは、神父の格好をした大柄で豪快な男。
――人類史上最高額、9000兆の懸賞金をかけられた【嗤う讃美歌のクナト】が笑い。
「クナト、うるさい」
続いて現れた、首に大量の切り傷をつけた怠惰そうな女。
――一万を超える特異物で全身を強化した【自殺代行者】が不快気に吐き捨て。
「いい女。殺すの勿体ないなぁ」
突風に乗って出現した軽薄そうな青年。
――億人を殺した七人のうちの一人。【ストーム・アイズ】が軽薄に口笛を吹き。
「ウチのほうがいい女なんですけど?」
天使の翼をはためかせ降臨した少女。
――俺が戦場で二度殺し損なった唯一の女【
ある時は敵として、ある時は味方として戦場で相まみえた四人の傭兵が、そこにいた。
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