第三十話 迷宮大炎上
マントルを抜ける。
遥か眼下に望む【世界樹の古森】は、既にほとんど焼け野原と化していた。かつての緑豊かな森は灰色と黒に塗りつぶされ、所々に炎の赤色が残る。パラダイムシフターが銀色の群れとなって、焼け野原を我が物顔で闊歩している様子も見えた。豊かだった生態系はもはや跡形もない。
「……この状態なら、もはや是非もありませぬ……!」
やる気に溢れすぎているフランが興奮気味にそうのたまう。
「いや、だからと言って、核は……」
「大丈夫でございます……放射能も放射線も出ないよう、特異物で加工しておりますゆえ……!」
「それなら……いやしかし……」
実際是非もないんだが、大喜びで撃つもんでもないだろマジで……。
俺がそんな考えに囚われている間に、ふんすふんすとフランがヒエンカグツチに命令を下した。
「発射でございます……!」
途端、戦艦の上下八つのミサイルハッチが開き、真っ黒に塗られたミサイルが解き放たれた。
艦を護衛する無数の攻撃機も主翼と胴体下部のミサイルをすべて発射し、速やかに戦艦下部のハッチへと逃げ込む。
それぞれが戦術核を搭載した千発以上の核ミサイル。それが、世界樹の古森と機械神の槍傷めがけて流星群のように降り注いだ。
最初の一発が地面に到達した瞬間、眩い閃光が迷宮を包み込んだ。続いて轟音と共に巨大な火球が膨らみ、キノコ雲が天を突き破るように上昇していく。爆風と爆炎が速やかにパラダイムシフターの強固な装甲を押しつぶし焼き尽くし微塵に砕く。パラダイムシフターによって既に大半が引き裂かれていた世界樹の古森の巨大な樹々が、まるでマッチ棒のように折れ曲がり、次の瞬間には灰と化して消え去った。
「蟹は丸焼き、かき揚げでございます……!」
丸焼き、かき揚げどころの騒ぎじゃない。
ただの一撃でこのありさまだというのに、攻撃はまだ始まったばかりだった。爆発の連鎖反応により、その破壊は指数関数的に増大していく。
恒星を間近で見ているような圧倒的光量が目を灼く。爆風の余波で地上から遠く離れたヒエンカグツチも波にさらわれるように空を押し流される。艦内のあらゆる警報が鳴り響き、重力制御が効いているはずの艦内が激しく揺れる。まるで荒波に翻弄される小舟のようだった。
「フフフフフフフフ……! ゴー! ゴー! でございます……!」
そんな中で、フランは心底楽しそうにぴょんぴょん跳ねていた。
通常兵器で起こしうる最大の破壊をもたらしながら、頬を上気させてぴょんぴょこ跳ね回っている。
「……………………」
俺は、とんでもない女を本気にさせてしまったのかもしれんな……。
やがて爆発の連鎖が終わった後、世界樹の古森一帯は灼熱の溶岩の海と化していた。かつてそこにあった形あるものの全てが消え去り、ただ死の大地が広がっている。空には巨大な灰色の雲が渦を巻き、いつしかタールのような雨が降り注ぎ始めた。
「ふふふふふふふふ……あっ」
泥酔した女みたいに延々と笑っていたフランは、そこでやっと正気に戻った
「は、箱は……!? 箱は無事でしょうか……!?」
「さすがに核でもあれはどうにもできんだろ……たぶん」
フランは急いで戦艦を機械神の槍傷に向かわせる。
機械神の槍傷では、無数の機械の残骸が核の炎に包まれ、溶解していた。大量の金属が液状化し煮え立つさまは、まるで原初の海のようでさえある。
形あるもののほぼ全てが海へと還ったような光景の底で、しかし箱だけは健在だった。損傷した様子はどこにもない。
フランはほっと胸をなで下ろした。
「無傷……幸いでございますが……空恐ろしくもありますね……」
「本当に、中に何があるのやら」
「ここまでくれば……すぐにわかることでございます……」
戦艦ヒエンカグツチが悠々と空を飛び、あっと言う間に箱の間近にまで迫る。
千体のパラダイムシフターが荼毘に付した今、もう道中を阻むものは何もなかっ……。
「ッフラン!」
「ひゃっ!」
俺は彼女の手を引き、ヒエンカグツチの全天モニターを突き破って空へと躍り出た。
次の瞬間、巨大な骨の棘……いや、巨人の肋骨のようなものが船体に突き刺さった。
一秒も持たず、飛行戦艦ヒエンカグツチがあっけなく引き裂かれる。
「わ、わたくしの、五千億が……!」
腕の中で具体的な金額の悲鳴を上げるフラン。だが生憎それを気にしていられる状況じゃない。
この敵は、本当にヤバい。
砕け飛んだ戦艦の砲塔を蹴って飛び、箱の上に着地する。
未だ灼熱の余韻を残す巨大な箱の上。
あのメチャクチャな核攻撃に平然と耐えた敵が、コートのような姿隠しの特異物を脱ぎ捨てていた。
「待ってたわ、愛しのナハト……」
右目付近を火傷跡に覆われた、蠱惑的な女だった。
「……テスタロサ」
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