第二十九話 迷宮隧道
「ところでナハトさま……撮影は、あの箱に入るまで待ってもらってもよろしいでしょうか……?」
「どうしてだ?」
尋ねると、フランは少し申しわけなさそうに。
「突入に当たり、先ほど各所に支援を要請したのですが、どうやら撮影NGの方もいらっしゃるようですので……一度、調整の話し合いを持ちたいのでございます」
「ああ、そういうことか。まぁいいよ、前回の続きなら、箱への突入から再スタートするのが自然かもしれないしな」
そんなことを話している間に、船は迷宮の入り口へと到着する。
モーセの海割りを思わせる、不自然に割れた海水が艦橋の巨大モニターに映し出される。露になった海の底には、想像を絶する深さの大穴がぽっかりと口を開けていた。
「地下500キロメートル、一息に潜航いたします……!」
フランの言葉と共に、艦首が大きく下がり始めた。飛行戦艦ヒエンカグツチは、まるで巨大な海獣のようにマントルまで空いた穴へと一気に突入していく。
艦内の重力制御のおかげか、激しい傾斜を感じることもなく立っていられたが、モニターに映る外界の映像は、まるでジェットコースターのようだ。
岩盤や地層が高速で通り過ぎていく。やがて日の光も届かなくなり周囲が完全な暗闇に包まれたところで、艦の強力なライトが世界樹の森へつながるトンネルを照らしだす。円筒状のトンネルは、赤く輝くマグマに透明なパイプを突き刺したようだった。
不意に、耳障りな警報音が艦内に鳴り響いた。
「パラダイムシフター……こんなところにまでいるのか」
トンネルを這い上がり地上へ出ようとしていたパラダイムシフターの群れが、ヒエンカグツチに気づき、すれ違いざま船にとりついたのだ。蟹のくせに、まるで蟻の大群のように艦に襲いかかる。
「邪魔でございます……!」
ヒエンカグツチの底面から大量の自爆ドローンが発進し、青白い光の尾をを引きずりながらパラダイムシフターに突撃していく。百、二百と連続して突撃する自爆ドローンの爆風で、パラダイムシフターたちを船の外装ごと無理やり引きはがす。
引きはがされこそしたが無傷のパラダイムシフターたちが鋏からブースターのように推力を発生させ、再び艦に向かって飛来する。
「スーパーマジョリオ砲……! 用意……!」
正気を疑うネーミングをフランが口にしたと思うと、ヒエンカグツチの艦首が下側へスライドするように動き、艦の下部でグリンと背後を向いた。
「発射……!」
次の瞬間、艦首の先端から、青白い極太のビームが放たれた。
トンネルの直径よりなお太いビームはパラダイムシフターの群れを飲み込み、物理的な圧力をもって地上側へと押し流していく。
触れるマントルをくりぬく様に消し飛ばすビーム……それでさえ、パラダイムシフターを完全に破壊できはしなかったが、半ば地上へと押し出されたこの集団はもはやこちらの脅威にならないだろう。
「逃げきれて重畳……でございますね……」
フランはほっと息を吐いた後、懸念の色を帯びた顔を俺へと向けた。
「ナハトさま……仮に、このまま迷宮へ入ったとして……パラダイムシフターを無視して、あの箱まで直進することは可能でしょうか……?」
「無理だろうな。弾幕を張られたら前へ進むのも困難だし、何よりあいつらはさっきみたいに飛べる」
俺は即答する。相手の数が数十なら誤魔化しもきくだろうが、さすがに千体いるとなると絶対にどこかで足を止められる。そうなったら包囲殲滅……はされないにせよ、手間だ。
だから迷宮についたら隠れながら確実に進むべきだ、と提案しようと思っていたのだが。
「であれば……殲滅が、必須でございますね……」
フランは予想外の言葉を口にした。
「殲滅……?」
冗談で言っているのかと思ったが、彼女の目は本気だった。
「いやフラン。知ってると思うが、通常兵器でパラダイムシフターを倒すなら、核並みの火力が必要なんだぞ」
俺も、奥の手を切らない限り複数体のパラダイムシフターを一気に倒すのは不可能だ。核兵器でギリギリ死んでくれるという一級の定義は飾りじゃない。
「……存じております。つまり、そういうことでございます……」
俺は一瞬怪訝な顔をして。その意味に気付いて、戦慄する。
この女は。
「F国前政権崩壊時に、闇へと流れたN2準戦略ミサイル、1382発……そのすべてを、今ここで、お見舞いいたします……!」
核を撃つつもりだ……!
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