第二十八話 ヒエンカグツチ

 宇宙人的アブダクションで連れていかれた先は戦艦の艦橋だった。


 広く近未来的なブリッジの、床を除く全面がドーム状の全天周囲モニターに覆われている。ガラスと見まがうほどに鮮明なモニターは戦艦の外部状況をリアルタイムで映し出していて、周囲や艦の状態をよく確認できた。

 しかし、これほどの巨大兵器にもかかわらず、乗組員の姿は見当たらない。


「自動操縦、自動戦闘でございます……わたくし……基本的に他人を信用しておりませんので……」


 フランは当然といった表情で俺の疑問に答えた。まぁ今どきのAIなら熟練の操舵士顔負けの操縦ができるから心配はいらないが……これだけ他人への不信感にあふれた少女をよく説得できたな俺、と思う。


「発進……いたします……!」


 フランの号令に従い、艦の両側面にある巨大なジェットエンジンが青白い炎を噴き出し、高度を上げ始めた。モニターから見える地上が急速に離れていく。蒼白の光が周囲を幻想的に照らし出す姿は、さながら宙に浮かぶ幽霊船のようだった。

 そして、炎がひときわ輝きを増したかと思うと、飛行戦艦ヒエンカグツチは一瞬で音速を超えた。


「さて……クロンダキアの座標に到達するまで二十分弱、やれることをやっておきましょう……」


 高速で通り過ぎていく風景の中、フランは艦長席と思しき席に座ると、ものすごい勢いで備え付きのPCを操作し始めた。それも右手と左手で別々に。


 画面の動きが速すぎて何をやっているかわからかないが、フランの表情は真剣そのもので声をかけられない。


 であれば、俺がするべきなのは配信の準備か……と、例によって外の部屋から金の小窓を取り出す。


「ナハトさま」


 すると、フランが声を投げてきた。顔はPCを見つめたまま、両手でタスクをこなしながらだ。器用すぎるだろ。


「どうした?」


「チャンネル名について……少し、ご相談したいことがございます……」


 フランは両手でタイピングを続けながらこちらに顔だけを向け、少し言いづらそうに。


「その……恐縮なのですが、チャンネル名を変更していただくことは……可能でしょうか……?」


「【迷宮炎上配信者サルファイヤー】をか?」


「はい……あまりにもダs……」


 フランはごほんごほんと咳払いした。


「今ダサいって言おうとしなかったか?」


「気のせいでございます……」


 釈然としないが、サルファイヤーという超しゃれた呼び方がダサいと思われるわけがないので気のせいなのだろう。


「……冗談は抜きにいたしまして。ナハトさまの誘いを受けたあの瞬間、わたくしの脳裏に一つのチャンネル名……あるいは冒険団の名前が浮かんできたのです……

 所詮思い付きではございますが……どうしても、思いを捨てがたく……できることならば、改名していただきたいのです……」


「いや、サルファイヤーは割と気に入ってるんだがな……どんな名前だ?」


「【硫黄氷炎サルファハイドレート】」


 フランは凛とした声でそう告げた。


「燃え盛る硫黄の氷……【硫黄氷炎サルファハイドレート】でございます……」


「……メタンハイドレートの例えをモチーフに使われたら敵わんな」


 凍ったまま燃えればいいという俺の言葉。この命名は、それに応えるというフランの意思表示に他ならない。

 彼女なりの俺へのリスペクト。無下にできるわけもない。


「わかった。わかったよ。今から俺とアンタで【硫黄氷炎サルファハイドレート】だ」


「わがままを、聞いていただき……ありがとうございます、ナハトさま……」


 いや正直【迷宮炎上配信者サルファイヤー】の名前は惜しいが……サルファハイドレートなら、サルファイの略称がそのまま使えるし悪くない。「【迷宮炎上配信者サルファイヤー】はいつか別のチャンネルに使おう。





 ややあって、フランがPCの操作をぴたりと止めた。


「打てる手は打ちました……あとは……」


 フランが視線を向けた先、ブリッジの後方から、四足歩行の輸送ロボットの群れが巨大な金庫を担いで現れた。


「これは?」


「特異物でございます……コールドゴールドの輸送網を使い……いくつかの強力な特異物を送っていただいたのです……」


 フランが説明している合間に、輸送ロボットは巨大な金庫らしきものを床に降ろしていく。

 フランは慣れた手つきで、厳重なロックがかかった金庫に指紋認証、網膜認証、静脈認証を行い、金庫の封を次々と解いていく。


控えめな氷河期ラクトアイスエイジ】、【過冷却血パッリダモルス】、【白血風ホワイトアウト】……全て、冷気・低温系の一級特異物だった。


「かの【硫黄燎原】と迷宮の謎に挑むならば……この程度の装備は調えないと道中で燃え尽きてしまいます……」


「正直助かるな」


 俺は全力で戦うとどうしても周囲の熱を抑えきれない。フランの熱耐性が高ければ高いほど俺は戦いに集中できる。もとより冷気で消える炎でもないし、これらの特異物との相性は良いはずだ。


 フランはごわごわとした毛皮の手袋、【控えめな氷河期】を装備し、液体の【過冷却血】、【白血風】を飲み込んだ。


 最後に、ひときわ厳重なロックがかかった大きな金庫が運ばれてきた。俺でさえ破壊には相当な時間を要するほど堅牢な防御が施されている。


 フランは指紋認証、網膜認証、静脈認証の他、長文のパスワード入力、声紋認証、血液認証を行い、開錠を行う。


 中にあったのは、透明な小箱に入った白い毛の束。


「【雪女ジェーンフロスト】……やっぱりあんたが持ってたのか」


 それは文字通り使用者を雪女に変える最上級の一級特異物。回復力の飛躍的な向上や攻撃への転用など、使用者に多大な恩恵をもたらす特異物で……過去にコールドゴールド社が購入し話題になったものだ。


「そういえば……これを売りに出したのは、ナハトさまでございましたね……」


「ああ。ミュッフェルテを倒して、フェルテ要塞を焼いたときに出てきたのを俺が売った」


 戦争も終盤で忙しかったから深く考えず表のオークションに出して、かなりの騒ぎになったことを覚えている。


「これも……宣伝と節税のための、置物だったのですけどね……」


 フランはかすかに笑って、白い毛束を指でなでると、一息に呑み込んだ。


 一瞬、周囲の温度が絶対零度まで低下した。船に被害が出る前に軽く炎を出して温める。


「……ぅ……魂まで凍り付くような冷気が、抑え難く……」


 言いながらもフランの放つ冷気は徐々に収まっていく。冷気・低温系の特異物で固めているだけあって制御がうまい。


「抑えられない分の冷気はしばらく俺が相殺しておく。今はとにかく慣れることに集中しろ」


 フランは静かに頷いた。


「しかし、一級特異物が5つ、しかもそのうち二つは最上級か。傭兵としてもやっていけそうだな」


 少なくとも装備だけなら俺の表向きの武装より上。体に取り込むタイプの特異物は大抵身体能力も増強するから、4つの一級を体内に宿す彼女は冷気以外にも超人的な身体能力を手に入れているはずだ。


「わたくし……飛車角落ちでは……ありませんので」


 まだ言うのか。

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