第二十七話 逆襲
「なら、ここからが逆襲だな」
パラダイムシフターが俺たちを狙った理由はおそらく警告。それを無視するなら、ここからは時間との勝負だ。
中断セーブ代わりの【風鈴の灯火】がA国に破壊される前に箱の前へ移動、異空間にある【外の家】に潜みながら傭兵を呼ぶ……おそらくこれが最善手だろう。
フランの承諾を得たうえで、俺は呼ばれ鈴を取り出して、振った。
風鈴の灯火へは、飛べなかった。
「もう破壊されたか、さすがに動きが早い……」
であれば世界樹の古森に置かれた呼ばれ呼び鈴へと飛ぼう、と思ったその時。フランの通信端末が鳴り響いた。
彼女は「失礼いたします……」と一言こちらに言い、端末を取り出して通話を開始する。
「わたくしです……」
途端、フランが顔色を失った。
「呼ばれ呼び鈴が……破壊された……?」
フランはこちらをちらりと見て、俺にも聞こえるように端末をスピーカーモードに変える。
『パラダイムシフターが! クロンダキアの焼け跡からあふれ出して……! 何もかも、破壊されて……! 観光客を避難させ、逃げるだけで精一杯でした……!』
コールドゴールドの社員と思しき女性の叫び声は、今しがた彼女が体験した修羅場を声音だけで伝えてきた。
『レナさま……申し訳ございません……』
「……いいえ、あなたはよくやってくれました……指示は追って伝えます……まずは、体をお休めください。お疲れ様でした……」
フランは冷静にそう言って、通話を切った。
俺はすぐさま情報端末で報道番組を確認する。
――画面の向こうでは、世界樹の古森を夥しい数のパラダイムシフターが滅茶苦茶に焼き払っていた。
『世界樹の古森、およびクロンダキア地下の迷宮に存在するパラダイムシフターの数は、千を超えるものと……』
「一級が、千体……!?」
アナウンサーの声を聞いて思わず眉間を押さえる。眩暈がする数だ。
一級相当の兵器が千体。聞いたこともない。
一級の特異物は最下級のものでも一千億を下らない価値があるというのに、一級相当のパラダイムシフターが千。物凄く古いたとえをするなら、戦艦大和が千艦戦場に出てきたようなものだ。色々な意味で正気の沙汰じゃない。
「なりふり構わない全力の防衛……いや、それはそうなるか……隠されていたものが暴かれたなら、実力で守るしかないよな」
今までは、クロンダキアの地下という隠すには絶好の立地だったから守りを置いていなかっただけ。表に出てしまったならそれは力ずくで守るだろう。
「……まさか俺が機械神の槍傷を出ていったから大々的に仕掛けたのか……? クソ、舐めやがって」
仮に箱へ向かう道中でパラダイムシフターに仕掛けられていたら、俺は地上に戻る選択はしなかっただろう。なんとか迷宮に居座って、応援を呼ぶことを考えたはずだ。
だから俺の地上への帰還を待って攻勢に出て、迷宮へ入る手段を破壊したのかもしれない。……もしそうなら忌々しいが効果は覿面だ。
「というか配信見て俺が帰ったの確認したわけじゃないだろうな……だとしたら最悪も最悪なんだが……」
悪態をつきながら、思考を巡らせる。
どうする。
風鈴の灯火どころか呼ばれ呼び鈴も破壊された今、あの場所に戻る方法を俺は一つしか持っていない。
が……とてもじゃないが気楽に使える手ではない。どうする。手札を切るか、否か。
「……心配ご無用でございます、ナハトさま……」
悩む俺の横、情報端末でどこかへと連絡していたフランが笑いかけてくる。
「迷宮に……呼ばれ呼び鈴を設置したのが、どの企業か……お忘れでしょうか……?」
バババババ。
ババババババババババ。
プロペラやエンジンが大気をかき混ぜる音。
凄まじい数の攻撃ヘリと戦闘機、そして飛行戦艦が、夜空を覆い隠しながらこちらへと向かってきていた。
敵かと思い一瞬身構えるが、フランが手で制止した。
「我々、コールドゴールド社は……鈴を置くために、まず迷宮へ直接赴きました……であれば、今度も同じルートを通ればいいだけのこと……」
自慢げにほほ笑むフランの直上。夜を塗りつぶすように、巨大な船が静止する。
闇に溶け込むような光学迷彩の施された、全長五百メートル近い飛行戦艦だった。
空気力学を極限まで追求したらしい流線型の艦体と、両側面の可変翼は戦闘機じみている。だが、下部にある巨大な格納庫の扉が、これが単なる兵器ではなく一つの移動基地であることを物語っていた。
「なんだこれは……」
数々の戦場を渡り歩いてきたが、こんな戦艦は全く見たことがない。
「迷宮殲滅用高機動航空戦艦【ヒエンカグツチ】……いつか迷宮で不測の事態が起こった時、何もかもをなかったことにするため、用意しておりました……!」
フランが胸を張って説明する。
……ヒエンカグツチは、【カーテンコール】のクオンの技名だ。そこから艦名を取っているということは、これはフラン、もといコールドゴールドの完全自社開発か。すごいな。
「……行きましょう、ナハトさま……わたくし、早く名誉挽回をしたいのでございます……!」
航空戦艦ヒエンカグツチの艦首下部から引力を持った光がこちらへ投射され、俺たちは宇宙人のアブダクションのように戦艦へと引き寄せられる。
「いや、勿論だが……いろいろと行動が早いな……」
「商人ですので……需要に対応するのは多少、得意なのでございます……!」
ふわふわと飛びながら、フランはいたずらっぽく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます