第二十五話 パラダイムシフター

 顔にかかった水と涙の残滓をまとめてぬぐうフランを抱えながら、俺は心底驚愕していた。

 どんな理由があろうと、F国の地で一級相当の兵器を送り込んだなら侵略行為と取られてもおかしくない。暴挙としか言いようがない。

 いや、それよりも。


「話の邪魔を……!」


 俺にとっては戦いなんかよりフランとの会話のほうがよほど難しいのに、よくも妨害をしてくれた。


 半ばキレながら、俺は挨拶がわりの火球を投げつけた。川の水を一瞬で沸騰させながら炎が強烈に炸裂する。水面を舐める爆炎と衝撃波。通常兵器ならデイジーカッターに匹敵するほどの火力だ。


 もうもうと上がった水煙の向こう側を見やる。その視線の先には超大型爆弾に等しい一撃を耐えたパラダイムシフターがいた。装甲は赤熱し表面が融解しているもののダメージはほとんど認められない。


「無傷……昨日戦った個体なら手傷くらいは負ったはずなんだがな……!」


 バージョンチェンジでもしたか? と思う。パラダイムシフターは特異物をもとにした生成品だから割と仕様が変わるのだ。敵としては厄介なことこの上なかった。


 爆風を引き裂くようにパラダイムシフターが川の中腹まで進み、長く伸ばした無数のアームユニットで無数の脚による猛攻を始めた。アームユニットの乱打は精度に欠けるものの威力は絶大。そして足りない精度は物量で補われる。膨大な数繰り出される脚撃は刺突でありながら事実上面での攻撃と化しており、逃げ場をかじり取っていく。


「厄介な……」


 フランに当たらないようアームユニットをいなしながら舌打ち一つ。


 ここでこいつを焼き切るだけの炎を撒けば余波で何人死ぬかわからない。少なくとも孤児院の人間は即死するだろう。最低限の攻撃で始末する必要があった。


 俺は乱打の隙を見て再び火球を投げる。それに対し、パラダイムシフターは前傾姿勢となり火球を斜めで受けた。いわゆる避弾経始。装甲の傾斜で砲弾を弾く防御法。これにより、猛烈な勢いで放たれた火球は装甲をなぞるように滑っていき完璧に受け流されてしまった。


「……俺の戦い方を学習したのか」


 呟く俺に、パラダイムシフターは二つの鋏をガバリと開き、鋏の奥のガトリングガンを向けて発砲。俺は前方に炎の盾を出して即座に弾丸の雨を蒸発させる。逸れた一発の弾が土手に着弾し、ミサイルでも落ちたような破壊をもたらす。流石に一級、適当にばらまく弾丸の一発一発が榴弾砲並みだ。


「この……」


 腕の中のフランが手をかざすと、沸騰する川の水が瞬時に凍結、パラダイムシフターの足を拘束する。


 次の瞬間、パラダイムシフターは脱皮して拘束を脱した。


「え……」


 フランは硬直。パラダイムシフターは脱皮殻を踏みつぶしながら高速で接近し、トラックほどもある大鋏を振り上げた。

 その展開を予想していた俺は抱えたフランを遠くの草むらへ放り投げる。


「ナハトさ……!」


「こいつは脱皮で受けたダメージを回復する。凍らせるなら全身丸ごとだ。もっとも……そこまでする相手でもないがな」


 フランに代わって俺に向かって振り下ろされる大鋏。鋏は俺を叩き潰すように地面へ大きく埋まり――。


 ガリ、ガリガリガリ。大鋏が削られるような軋みを上げる。

 その音はすぐに鋏の下から鋏の中へと移動し、腕を通って本体へと近付いていく。パラダイムシフターは異常に気付き根元から鋏を切り離したがもう遅い。


 既に胴体内部へ潜り込んでいた俺は、ありとあらゆる部品を破壊しながら暴れまわる。……いかに優れた兵器といえど内側への攻撃手段を持ち合わせていない以上、勝敗は既に決していた。

 十秒後、もがくような抵抗もむなしくパラダイムシフターは完全に沈黙した。べぎん、とひときわ大きな音を立てながら装甲を割り、俺は外へと這い出る。


 パラダイムシフターは比較的爪の可動部が脆い。そこを起点に内部へ侵入し堅牢な防御を内側から破壊する、というのが俺の編み出した対パラダイムシフターの必勝法だった。

 弱い相手ではないが、慣れた手合いだ。B国に入り込んだパラダイムシフターのおよそ四割は俺が倒しているのだからそりゃ慣れる。

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