第二十一話 F国ところによりファンサ

「まさかここにもう一度来ることになるとはな……」


 吐いた息が白く染まるのを見ながら、苦笑いする。


 俺が呼ばれ鈴を使って飛んだ先は、亜寒帯に位置するF国の空港だった。


「しかも仕事以外の理由で『最悪の国』に来るなんて、予想もできんよ」


 ポケットに手を突っ込み、そうひとりごちる。


 ……前提として、今存在する国家は基本的にすべてディストピアだ。

 どんな政治体制だったとしても一般国民はすべからく資源として扱われる。そうしなければ他国との競争に勝てないからだ。

 特異物の加工や制御のための人的資源ならまだいいほう。肉を必要とする特異物のために指や耳を供出させる国だってあるし、納税額の少ない国民を特異物の餌として生きたまま食わせる国もいくつかある。


 その前提があってなお、かつてのF国は最悪の国の一つと呼ばれていた。娯楽目的の殺人が数年前まで部分的に合法だった、という事実だけでもそのヤバさは伝わるだろう。


 五千万人が死んだC国との大戦争の末、俺が焼いた【食人華】ミュッフェルテの叔父でもあるこの国の王を十数人の傭兵で袋だたきにして討伐したのが三年前。


 ……あれから、いくらかはマシになってくれていることを祈りたいところだった。




 タクシーを探して歩いていると丁度目的地に向かうバスと出くわしたのでこれ幸いと乗り込む。


 特異物での瞬間移動が可能になって久しいが、瞬間移動が可能な特異物は非常に高価で、民間で実用化しているのはそれこそコールドゴールド社くらいのもの。だからこういう一般的な交通手段はほとんどの国で未だに現役なのだ。


 ちなみに、呼ばれ呼び鈴のようなマーキングなしに自由な場所へ飛べる特異物は今のところ確認されていない。あったとしても超級だろう。


「迷宮飲み、サイコー!」


 バスに乗り込んで数分。バス停を降りた後のルートを情報端末で調べていると、突然の大声が耳に飛び込んできた。振り向くと、後方の座席で頭にネクタイを巻いた酔っ払いが叫んでいた。その横では、同僚らしき人物がペコペコ頭を下げている。


「予約入れてたクロンダキアふもとの会場が燃えちゃったときはどうしようかって思ったけど! 【花畑の滝】もメチャクチャよかった! これハズレだったらあの放火魔ぶっ飛ばしに行くところだったよ!」


 俺は思わず「申し訳ない」と心の中で呟いた。こればかりは完全にこちらの過失で言い訳のしようがない。


「あんな良い場所へ簡単に行けるんだから、コールドゴールド様々だ! バンザーイ!」


 だから、酔っ払いの機嫌が良さそうなのは救いだった。


「ママ―、僕もまた迷宮遊び行きたいー」


 酔っ払いの迷宮愛につられたのか、ちびっこが親に迷宮旅行をせがむ。


「いい子にしてたらまた連れて行ってあげるわよ」


「ほんと? やった!」


 ……数年前のこの国は、こんな風に笑って騒げる雰囲気ではなかった。誰も彼もがどこか不安げで、他人の目を怖がるようにおどおどとしていたし、何より財産を上級国民に吸い上げられて皆貧しかった。


 政権が変わったから、というのも変化の理由ではあるだろう。けれど、一番大きい理由が地元に降ってわいたコールドゴールドという大企業であることに疑いの余地はなかった。


 ややあって、大都市のバス停で酔っ払い含むほぼ全ての乗客が降りた。

 バスの中は急に静かになり、俺と一人の乗客だけが残る。


「あの……もしかしてアリルナハトさん、ですか?」


 不意に、最後の乗客から声をかけられた。高校生と思われる垢ぬけた少女には、左腕がなかった。


「ああ、そうだよ」


 肯定すると、女子高生はぱぁっと顔を輝かせた。


「やっぱり! あの、ファンです! サインください!」


 女子高生はやや興奮した様子で油性ペンと可愛らしい茶色の通学バッグを差し出す。


 いやバッグにサインを書くのは……とやんわり別のものに変えてもらおうとしたが、何度も頭を下げられて押し切られる。


「……しかし驚いたな。配信始めてたった一日で、視聴者に出くわすとは」


 不慣れな手つきでなんとなくそれっぽいサインを書きながら、呟く。雑談配信には一万人くらいいたとはいえ地球の総人口が百億人だから奇跡みたいな確率だ。


「奇跡みたいです……語録実況スレからあなたの動画に行きついたのもすごいに、まさかこうして会うこともできるなんて!」


 いや配信の最初に流れ込んできた語録実況スレ民150人の一人か。奇跡を超えた奇跡だな。


「その……今日、私、学校で嫌なことがあって。へこんでて。三年前【食人華】に腕を食べられたことばっかり思い出しちゃって……授業さぼってネット見てたんです」


 女子高生は中身のない左の袖を押さえ、苦笑した。


「でもサルファイヤーの配信を見て……それがもう、とにかくすごくって! 夢中になってみてるうちに……気付いたら、嫌な気持ちのことを忘れてたんです」


 彼女は俺の隣に座ると、残った右手を差し出した。

 求められるまま、握手を返す。


「【食人華】をやっつけて命を助けてくれたあなたに、心まで助けてもらったんです。あなたは私のヒーローです。本当に、ありがとうございました」


 彼女はそうお礼を言って、それから申し訳なさそうに顔を伏せた。


「あの、すいません自分のことばっかり喋っちゃって。突然自分語りしてわけわかんなかったですよね」


「いいよ。俺の話なんて動画見ればいくらでも聞ける。それよりも、視聴者……非国民の話を聞けることのほうが、ずっと価値がある」


「ナハトさん……」


 女子高生は頬を赤らめると、意を決したように尋ねた。


「……あの、ナハトさんが女性ファンに手を出しまくりっていう噂! 本当なんですか!」


「は……!? なんだそりゃ……!?」


 あまりにも不名誉な噂に愕然とすると、女子高生はあわあわと。


「すいません! 掲示板でまことしやかに語られていたので、つい……!」


「いや、今日配信始めたんだぞ。物理的に不可能だろ……」


 火のないところにたった煙にもほどがある。


 そういう噂が立っているのにそういうコメントが配信にまったく流れなかったのは奇跡……いやこれも金の小窓の効果か。神だなあのカメラ。


「で、ですよねぇ。あはは……」


 女子高生は照れくさそうに頬を掻き、なぜか、距離を詰めてきた。


「で、でも、私は別に……でも、嫌ではないです、よ? でも、しょ、しょっしょっしょ初心者なので! お手柔らかに……!」


 どうなってんだ貞操観念。


「……もう少し自分のこと大事にしとけ」

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