第二十話 親フラン
『ところでこのチャンネルの視聴者にファンネームってあるの?』
「ファンネーム?」
コメントの耳慣れない言葉に首をかしげると、すぐに捕捉が入った。
『シャーロックホームズのファンをシャーロキアンっていうみたいに、このチャンネルのファンにも呼び名があるのかなってことです』
「ああ、そういうことか。特にないな」
だが、視聴者という呼び方よりも特有の呼び方があった方が距離が近くていいかもしれないと思う。
「せっかくだし今作るか……なんか案あるか?」
『サルファーは?』
「わかりやすくて良いな。間違いなく一番わかりやすい」
『類人炎』
「サルファイヤーから猿と炎をピックアップしたのか。面白いな」
『非国民(自分がB国民なので)』
「いやあんただけ深刻すぎるだろ……」
確かに、B国の戦争犯罪者と化した俺をB国民が応援するというのは、反社会的と取られてもおかしくない。
そんな過酷な立場にいながら応援してくれるとは……。
「……つらい環境にいる視聴者を応援する意味で、非国民をファンネに採用してもいいか?」
『いや草』
『わしはOKする翁と呼ばれておる』
『このチャンネルらしくていいやん』
『ぶっちゃけこれは採用するだろうなと思ってた』
『草』
『ファンネが 非 国 民!??!?!!?』
『おいおいおいあんまりなんじゃねーの?』
『↑はい非国民』
『↑ほめてんのかけなしてんのかわかんねーよ』
「ははははは!」
楽しい。自己紹介の時は、迷宮配信のことを『面白いかもしれない』と評したが、もうただの雑談配信でも完全に楽しい。
ずっと悩まされていた心の飢えと渇きが、ようやく癒されそうな、そんな予感があった。
おそらくあと一つ足りないものは、大発見。機械神の槍傷を発見した時のような衝撃をもう一度共有できれば、きっと俺は満たされる。
……そのときは、フランも隣に横にいてほしいな、と。頭をよぎった思いには、気付かないふりをする。
『質問していいですか? 今日ずっと一緒にいた女の子はどうしたんですか?』
そのコメントが流れたのは、ちょうどその時だった、
「フランなら帰ったよ。今日は配信に慣れてない俺をサポートしてくれただけで、フランは本来このチャンネルに関わりがないんでな」
『フランちゃんはナハトさんの彼女ですか?』
笑い飛ばす。
「そんな関係じゃない。昨日会ったばかりだ」
『どんな関係なのですか?』
明らかに質問を投げてきた一人とのやり取りが続いている。こういうこともあるのか、と思いながら返答しようとして、
「……いや、なんなんだろうな? 俺にもよくわからん」
そういえば関係性がよくわからないことに気付いた。
『そんなことある?』
『おいおいおい』
「あいつとは昨日、ダンジョンで偶然出会ったんだ。正直パーソナリティはまったくわからんし、ぼんやりした関係性だよ」
友人というにはお互いのことをまだ知らない。戦友ではあるがビジネスマンである彼女が戦うことはもうないだろう。知人と言っておくのが無難だが、なんとなく、その一言で終わらせたくなかった。
強いて言うなら、恩人が一番近いのかもしれない。
『出会ったとはナンパですか? ダンジョンに出会いを求めていたのですか?』
そこ気にするところか?
「違うよ本当にただ行き会っただけだ。というか迷宮に出会いを求めるのは間違ってる……とまでは言わんけど、俺の趣味じゃあない」
そういうのは別の人に任せればいいだろう。
「意味不明な理由で傭兵を首になって、イライラしてるところで偶々出会った。それでまぁ……こうやって配信をするきっかけをもらった」
世界樹に放火した下りは濁して、続ける。
「あいつ自身はそこまで配信に乗り気じゃなさそうだったけどな。配信の勝手がわからんから無理言ってついてきてもらったんだ」
それも今日一日だけ。道は分かれた。
『でも、ランスリリーサーを倒したときと、あの箱を見つけたとき、あの子はとても嬉しそうでした』
『たし蟹』
『スッゲー笑ってた……!』
「知ってるよ」
ランスリリーサーを倒した時の、輝くような笑顔を思い出す。
楽しくて楽しくて仕方ないと、全身でフランは語っていた。
けれど、彼女はそれを抑え込むことを選んだのだ。
「楽しくても迷宮に潜ってられない事情があるんだろ。さすがに人の事情にまで首突っ込もうとは思わん」
他人は他人。よく知りもしない人の事情におせっかいで首を突っ込んでもたいていろくなことはない。
傭兵として、人の事情を暴力で解決してきた経験から得た教訓だ。
……まぁ、それはそれとして。
「一緒に迷宮配信出来たら楽しいとは思うけどな」
リアクションも面白いし物怖じもしない。迷宮の知識や配信の知識にもすごいものがある。
俺に足りないものを数多く持っている彼女がいれば、きっともっとずっと楽しい配信ができる。
……まったく、女々しい未練だと自分で思いながらも、そんな気持ちをまるで払拭できなかった。
『そうならば、一緒に来てほしいと何度でもあの子に伝えてください』
……それはさすがに無神経すぎる、とやんわり指摘しようとしたその時。
『あの子は、本当は冒険がしたいんです。でも、辛いことがあったせいで、ずっと心を凍らせています』
明らかにフランの事情を知っているらしいコメントに、開きかけた口をつぐむ。
「あんたは……」
『おいおいおいフランさんの知り合いじゃねーの?』
俺の疑問をコメントが代わりに言葉にした。
『はい。あの子は私にとって娘も同然です』
肯定に、コメントがにわかに盛り上がった。
『まさかの親フラ』
『スッゲー急展開……!』
「…………」
いたずら……ではないだろう。
金の小窓は有用で盛り上がるコメントを選別する。それが、ここまでこの相手のコメントを抽出し続けてきた。
全てが嘘だとは、考えづらい。
『私の不甲斐なさによってあの子は心を凍らせました。きっと私たちの言葉はあの子を動かせない。あの子にとって、私たちはもう庇護する対象なのです』
無機質なただの文字から、悲痛な感情が伝わってくるように感じた。
『だから、あなたに、あの子を連れていってもらいたいのです。あの子が凍らせた、黄金のように輝く夢……未知なる迷宮に』
他人は他人。よく知りもしない人の事情におせっかいで首を突っ込んでもたいていろくなことはない。
だが、フランをよく知る存在からの依頼なら、話は変わる。
だから、回答は一言。
「わかった」
立ち上がり、金の小窓に向かって宣言する。
「フランと話をしてくる。まずはそこからだ」
この話の真偽もフランの事情も俺にはわからない。だから、まずフランの話を聞くところから始めようと、そう思った。
『あなたがお金を振り込んだ口座、その名義を確認してください。そこに書かれている場所に来ていただければあの子のところへご案内します』
確認するまでもなく覚えていた。
金の小窓の代金を振り込んだのは【毒海再生プロジェクト支援募金】口座。
その名義は、F国立児童養護施設 ZB12。
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