第十九話 傭兵の雑談配信

【外の家】へと帰宅して、俺はシャワーだけ浴びるとすぐにPCを開いた。


 今後フランのサポートを受けられない身で、動画配信に疎いままではいられない。まずは配信の常識を学ばないとまた世界樹放火並みのやらかしをやらないとも限らない。だからさっさと知識をつけなければと思ったのだ。


 インターネットを駆使して配信のイロハについて調べる。

 動画企業系の情報サイトを流し見していると、気になる一つの単語があった。


「……雑談配信、そういうものもあるのか」


 雑談自体がメインの配信で、視聴者とのコミュニケーションに比重を置いているものだという。


 思えば、機械神の槍傷では探索や戦闘時に視聴者とのコミュニケーションがあまりとれないこともあった。

 俺の人となりを知ってもらうという意味でも一度やっておくべきかもしれないし……なにより俺が視聴者ともっと話したい。


「やるか」


 早速、フランから渡された説明書を読みながら金の小窓をいじり、配信の準備に取り掛かる。

 ここかはら、フランという補助輪のない、本当の意味での俺の初陣だ。


 部屋の中を見回し、どこで撮るか考えて、結局普通にソファへ腰を下ろす。

 念のため周囲に映るとまずいものがないか確認してから、金の小窓で撮影を開始する。


「いや、マジか」


 ……何の告知もなく配信したのに視聴者はすでに数人いた。

 もしや待っててくれたのか。


「あー、映ってるか?」


 俺の声が静かな部屋に響く。すぐにコメントが流れ始めた。


『映ってるよやん』

『ゲリラ配信やん』

『オイオイオイ配信始まってんじゃねーの!?』

『見逃さなかった自分をほめたい』


 視聴者はたちまち千人に達する。槍傷配信を経てかなり視聴者が増えたようだ。これが客観的に見て多いのかはわからないが、まぁ少なくはないのだろう。


『3580年……』

『3580年ぶりだな……』


 だが語録コメントは相変わらずだ。


 配信のイロハを学ぶついでに、語録勢の出典元である作品、アン殺についても調べた。

 アン殺は【アンタを殺すのはこの俺だ!】というタイトルの漫画で、続編が二つ出ている人気漫画だ。だが二部にはハッキリ言って意味不明な展開が多く、それを面白がって語録で遊んでいる層をアン殺民と呼ぶのだという。


 ちなみに3580年ぶりというのは二部のラスボスが思わせぶりに口にしたが結局何のことか最後までわからなかったセリフ、らしい。確かにクオンとマジョリオの冒険譚を思い出す雑な展開だった。


『雑談配信って、今日の感想戦とかするやん?』


「まぁそれもできたらいいが、その前にまず話しておきたいことがあってな」


 最初に何を話すかは、もう決めていた。


「今、もう一度自己紹介をさせてくれ。俺は鳩、改めアリルナハト。【硫黄燎原】のアリルナハトだ」


 金の小窓をまっすぐに見つめ、俺は正々堂々と身バレした。


 配信で実名や本業について話すのは基本的にNGとフランは言っていたし、傭兵として考えても実名で手の内を全世界に公開するのはまぁよくない。

 だが、もう話したい自分を抑えきれなかった。仲良くしたい相手には、できる限り正直で居たいのが俺という生き物。傭兵はしばらく休業だ。


『マジ?』

『スッゲー驚いた……!』

『詳しくないけど有名人なの?』

『こやつは傭兵では三指に入るもの……』

『一千万人以上食い殺した【食人華】を倒したのもこの人なんでしょ?』


 途端、コメントが勢いよく盛り上がった。

 ……思ったより硫黄燎原の名前は知られてるのか? フランがマニアなだけだと思っていたが、意外に違うのかもしれなかった。


『どおりで顔が怖いと思った』


「…………」


 顔は関係ないだろ。


『(語録殺)顔のことを言うのはナシ」

『(語録殺)ライン越え』

『ごめんなさい』

『まえにもありませんでしたこのくだり?』


「…………」


 そんなに怖いか俺の顔……?

 いや実際のところよく言われるが、ずっと冗談だと思っていたのだ。


『(語録殺)待って、【硫黄燎原】ってB国で戦ってるんじゃ』


 コメントの当然の指摘にため息をつく。


「それは首になった。平和の邪魔なんだそうだ」


『侵略されて負けそうなのに!? 意味わかんない!』


「そうだよな、意味わからんよな。だが雇われの立場じゃどうしようもない。だからこうやって気分転換してるわけだ」


 民間人のことを考えるなら、B国の意志を無視してでも一人戦うべきなのかもしれない。

 だが以前、C国という国に雇われていた時は、民間人への攻撃を企画した政府の方針を力づくで変えようとして死刑寸前までいった。

 まぁそれ自体は別にどうでもいいんだが、友人に大変な苦労をさせてしまったので以来そういうことはやらないよう自制しているのだ。


「……なんか話してたら悔しい気持ちになってきたな。気を取り直して自己紹介の続きだ。ええと、出身とか好きなものを言っていけばいいか」


『こ、この空気感でそんなごく普通のプロフィール紹介することある?』


「出身は……わからんな。好きなものは……これといってないな」


『やる意味あるこれ!?』

『今のところ何の情報もないぞ』

『スッゲー天然……!』


 辛辣すぎるだろ。


「……だが、迷宮配信は面白いかもしれないと思ってる。自分でもうまく言語化できてないんだがな。だから、俺の配信に付き合ってくれると嬉しい」


『勿論!』

『いいよ……(対象をとらない)』

『わしは引退まで付いていく翁というもの……』


 そう言ってもらえることがとても嬉しかった。


「好きな食べ物はC国軍のレーションに入ってた羊羹みたいなやつだ。甘すぎるくらい甘いから、ほんの少しずつをお茶と一緒に食べるのがいいと思ってる」


『続くの草』

『あれうまいよな』

『初視聴』

『こんにちは』

『切り抜きから』

『鳩さんのチャンネルってここであってる?』


 唐突に、コメントの数がググッと増えた。


『一級異獣をボコボコにした人がいると聞いて』

『アーカイブ見ました。強すぎワロタ』

『世界樹放火マンが出てきた次の日に一級討伐マンが出てくる異常事態』

『ていうか同一人物?』

『↑まったくわからん。なんか匿名化する特異物使ってるのかな』


 どこかで報道されでもしたか、あっという間に視聴者が一万を超える。

 数字の大小自体にあまり興味はないが、配信を見てくれる視聴者が増えるのは単純に嬉しい。と、思っていたのだが……。


『なんか顔怖い。女騙して売ってそう』

『(語録殺)ライン越え』

『流れ読まないやつは消えろ……(対象をとらない)』

『もう自治いんのwwww』

『おいおいおいあん殺語録って伝わってないんじゃねーの?』

『(語録殺)視聴者増えてあんころ民が空気読めてない側になってる感』

『それでも、ワシらの故郷はここなんや』

『あんころってなんだ? 餅?』

『新人のコメントで遊ぶな定期』

『別に遊んでないんだが?』

『荒らしは消えろ』

『荒らしじゃないし消えない……(対象をとらない)』

『つーか初配信見てもないやつがイキんなよ』

『なにこれ』


 攻撃的な発言も増え、コメントの雰囲気がやや荒み始める。


 ……【金の小窓】は、有用だったり盛り上がるコメントを優先して表示するという話だが、その機能が働いている様子はない。


 いやこれは、少数の不満ならともかく、多数の視聴者の疑問や困惑、不満や意見を表示せずに隠すのは動画的によくない……という判断か。


 いずれにしても、こちらのスタンスを伝えておくべきだと、そう思った。


「このチャンネルは【迷宮炎上配信者サルファイヤー】だ」


 意識して声を張り上げる。驚いたことにババン! という効果音と字幕が頭上に出てきた。いやこんな機能もあるのか。

 気が逸れかけたが、気を取り直す。幸いなことに、大声と突然の効果音に驚いたのかコメントの流れは穏やかになっていた。


「まず、ハッキリさせておく。俺は、アン殺という漫画を読んだことがないから、アン殺のチャンネルにはなれない。でも、アン殺語録でコメントされるのは嫌いじゃなかった。なんか面白いからだ」


『(対象をとらない)ありがとう……』

『客観的に見て……つまりはTHANKS』


「とはいえ、あんころ読んだことない奴があんころ語録を共用語みたいにするのも違うと思う。だから、みんなは好きにしゃべってくれていい。あんころ語録も、ほかの語録も、語録を使わなくても、なんでもいい。荒らしさえしなければな」


『つまりサルファイ語録はすべての語録を内包するのか?』というコメントに、俺は頷く。


「そうだな、好きにしゃべった結果、それが俺たちの語録になるのが一番いい。……しかしサルファイ語録っていいな、今度から使わせてくれ」


『語録のダイバーシティかな?』


「そんな気取ったもんでもないけどな。言葉遣い関係なく楽しくやろうってだけだ」


 返しながら、ふと考える。俺はどうして語録を楽しいと感じているのか。

 言葉遣いの共有、それ自体も確かに面白いが、それだけではない気がする。単に何かを分かち合うこと自体が好きなわけでもない。


 もしかしたら……『お互いの感情の共有』こそが、この楽しさの本質なのではないだろうか。


 相手が楽しめるものを自分も楽しめれば嬉しい。自分が楽しいものを相手にも楽しんでもらえれば嬉しい。だとすれば、それはとりもなおさず、俺が迷宮配信を愛し始めている理由なのかもしれなかった。


 迷宮の未知なる世界に足を踏み入れ、その驚きや興奮を肌で感じる。そしてそれを、配信を通じて共有する。きっとそれこそが、今俺をカメラの前に座らせている理由なんだろう。

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