第十八話 コールドゴールドの女
カナリアが歌う。壊れたように。嘲るように。
「……いや、マジか」
ろくな言葉が出てこない。
これが鳴くのを見るのは実に半年ぶり、B国防衛の緒戦でA国の最高幹部【骨抜きのテスタロサ】とかち合った時以来だ。
あの時は奥の手まで使ってなんとか撤退させたが、ヤツのたった七秒弱の全力攻撃が百五十キロ離れた町にまで致命的な被害をもたらし、約八十七万人が全身の骨を奪われ血と肉だけになって死んだ。骨を抜かれた後遺症に今も苦しむ人間はその数倍に上る。
呑気な小鳥が警告する脅威が、あのテスタロサと同格なのだとすれば。
「……この先にいるのは、超級存在なのか……?」
「ちょ、超級でございますか……!?」
『だ、だとしたら大変なことやん』
フランが戦慄し、コメント欄がにわかにざわめく。
超級。それは迷宮の産物を評する六段階評価における五段階目であり、事実上の最高値。
発見例が両手で数えられるほどしかない超級異獣について語るのは難しいが、超級特異物は逆に語る必要がないほど知られている。この世界を支配する究極の財宝だからだ。
支配するというのは比喩でも何でもない。世界に国が二十六か国しか存在できないのも、その名前がすべてアルファベット一文字になることも、言語が一つしかなくなったことも、すべてすべて超級特異物の力によるものなのだ。
超級認定される条件は『核兵器の影響力を明確に超えること』とされているだけあり、その力は破滅的、あるいは創造的で、超級特異物の有無で小国か大国かが分かれるとされるほど。これより上には超抜級というカテゴリも存在しているが、該当する存在が発見されたことはこの百年で一度もない。超級が最高峰と考えていいだろう。
「……一応、超級存在にも対抗するすべはあるんだが……さすがに今、この先に行くべきじゃないだろうな」
超級存在は本当に何をしてくるかわからない。一級までの異獣や特異物が凡庸に思えるほどの異常現象を平然と起こしてくる。
だから、超級を狩るにはそれなりのセオリーがある。失ってもいい戦力を繰り返しぶつけて攻撃を引き出し、攻撃内容から能力を推測し、その能力に有効な特異物を集めてメタを張るのだ。
……先進国の連中のように、何百万人もの人間をわざと超級に殺させてデータを取るのはクソだが、そのセオリー自体は俺も守るべきだと思っている。正面切って戦うのは、余程のことがなければ避けるべきだ。
「幸い、区切りとしてはいい塩梅だ。今日はここで切り上げる」
半ば自分に言い聞かすための言葉だった。正直、この先を見たい気持ちは衝動といえるほどに強いが、傭兵としての経験がそれを抑えきる。たとえ俺一人だったとしても仕切りなおすべき場面だ。
「視聴してくれてありがとうな、皆」
『スッゲー次回が楽しみ……!』
『ワシはあんたのファンの翁と呼ばれている』
『語録抜きで言わせてください。本当に最高でした』
『戦争でずっと暗い気持ちだったけど久々に楽しかったです』
『面白すぎて途中から語録使うの申し訳なかったレベル』
『俺もう普通に信者だよ』
嬉しいことをたくさん言われ、思わず笑みをこぼしながら、俺は配信を終えた。
呑気な小鳥を外の部屋に戻し、半壊したバギーから取り外していた風鈴の灯火を同じ場所に置く。【風鈴の灯火】という特異物の本来の用途、一度だけ【呼ばれ鈴】で飛べる対象に出来るという能力を、俺はここで使うことに決めたのだ。
あと、やるべきことは一つ。
「終わって……しまうのですか……?」
傍らにたたずむフランは、ひどく動揺していた。
意気消沈というのも生ぬるい、落胆を通り越して悲壮な顔だった。
……長い迷宮配信を終えて、俺はやっと、フランが何を思っているのか推測できるようになっていた。
彼女はどうしても、今、この先に進みたいのだ。
「ああ、このまま進むのはリスクが高すぎる」
それでも俺は突き放す。それはそれで、これはこれだ。
「俺も、呑気な小鳥が鳴くレベルの敵と正面から殺しあったら勝率は高くない。未知の環境ならなおさらだ。確実に行くなら頭数が欲しい。兵隊代わりの特異物を揃えて……傭兵を雇うことも視野に入れるべきだろうな」
「で、ですが…………」
フランは何かを言いかけて、押し殺すように首を振る。
「……いえ。おっしゃる通り、これ以上は冒険ではなく蛮勇でございますね……失礼いたしました」
――その顔があんまり寂しそうに見えたものだから、
「……かなり危険だから安易に誘いづらいんだがな」
よくないことだとは思いながらも、言ってしまった。
「これからも、俺と一緒に迷宮配信やるか?」
フランの金色の瞳が揺れた。
「そ、れは…………」
フランの言葉が途切れる。言葉にならない、激しい葛藤を肌で感じた。
「……あんたを縛ってるのは会社か? なぁ、フランクローネ」
続く言葉は、口に出していいものか迷ったが……今言わなければ、永遠に言う機会がない気がした。
「いや……コールドゴールド社の創業者、レナ」
青みがかった金髪の少女は肩をはねさせて、
それから、苦く笑った。
「…………ああ……やはり……お見通しでございましたか……」
コールドゴールド社の代表にして、弱冠十七歳で長者番付に名を連ねた稀代の天才。
買収した廃鉱山から【
【コールドゴールド・レナ】。それが、彼女の本当の名だった。
「あれだけヒントがあれば、さすがにな」
金の小窓の定価の千倍を振り込まれてもあまり動揺を見せなかったこと。単なる開発者にしては権限を持ちすぎているように見えたこと。
そして決定的だったのは【
「ヒントがあったといっても……迷宮で炎上配信をしようとしていた女が、コールドゴールド社の創業者であるなど……普通は思いません……」
「間違えて世界樹に放火する奴も普通はいないからな。おあいこだ」
「別におあいこではないかと……」
レナは微笑んだ。
「そうでございます……わたくしは、コールドゴールドのレナ……冒険が大好きなフランクローネではなく……そうであってはいけない者なのです……」
レナは穏やかな声で滔々と語る。
「……率直に心中を申し上げれば……ナハトさまと共に、この箱の内側を暴き立てたいと、冒険がしたいと、強く、強く……心から、思っております……ですが……」
一呼吸挟み、レナは俺の目を真っ直ぐに見つめる。
金色の瞳に、悲しい覚悟を感じた。
「それでもわたくしはお金を集めなければならないのです……お金に比べれば、夢や喜びや充足感など……ゴミみたいなものなのでございます……」
それは、いつかの意趣返しのような言葉だった。
「迷宮配信活動はできないか」
「……はい」
「どうしてもか?」
「どうしても、でございます……申し訳ございません……」
「そうか。なら仕方ないな」
引き下がる。これ以上引き留めることは俺にはできなかった。
新興のコールドゴールド社をわずか三年で世界有数の企業に押し上げるという偉業。いくらフランが商売の天才だったとしても、成し遂げるには狂気じみた努力が必要だったはず。彼女は、それだけのことを成し遂げる、強い強い理由を持っているはずなのだ。
俺が飢えと渇きを癒すため、戦場を彷徨い歩いたように。
「撮影に協力できないお詫び、ではありませんが……明日、ナハトさまのチャンネルの登録者数を一万倍にいたします……勿論AI製のサクラですが……コメント対応もばっちりでございます……」
「マジで嫌だからやめてくれ。何が悲しくてAIとおしゃべりしなくちゃならんのだ」
「では、ナハトさまの動画が常にCGムービーのトップに表示されるようにいたします……たちまち視聴者爆増かと……」
「……コールドゴールド社の宣伝全般にも言えるが、そういう露骨な工作俺はやめたほうがいいと思うんだよな」
「では、ほどほどに工作いたします……」
「ほどほどというか……いや、まぁ、いい。これに関してはありがたく受け取っとく」
露骨に贔屓されるのは嫌だが、動画をたまに目立たせてもらうくらいなら許容範囲だ。
「……今日はありがとうな。無理言って悪かった」
詫びを兼ねて頭を下げる。
「アリルナハトさま」
少女は改めてこちらに向き直り、深々と頭を下げた。
「瞬きのような時間ではございましたが……フランクローネという名もなき冒険者になれたことは、わたくしにとって、この上ない幸いでした……心より、感謝申し上げます」
「お礼を言うのは俺のほうだよ。あの時、あんたが俺に声をかけてくれなかったら、俺はいまここにいなかった」
きっと今も別の戦場で、見つかりもしない満たされるものを探していた。
だから、彼女は俺にとって恩人なのだ。
「失礼いたします。ナハトさま……あなたの冒険に、幸多からんことを」
囁くように言い残して。青みがかった金髪の少女は移動用の特異物を使い、その場を後にした。
「じゃあな、レナ。いや……フラン」
彼女がいた空白に呼びかけ、呼びなおす。
レナが仮初の立場と共にその名を捨てたとしても、俺だけは、そう呼び続けようと思ったのだ。
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