第十七話 未顕救世工房カイト=フレニア
【機械神の槍傷】最奥。
もはやスクラップとも言えない、形をなさないあやふやな金属塊に埋もれるようにしてその箱は存在していた。
さすがにクロンダキアの焼け跡から見えるほどの大きさなだけあって、間近で見ると形が全くつかめない。地球上から地球の形を見えないようなものだ。
「しかしなんなんだろうなこれ」
バギーを降り、呟く。箱の近くにやってきたはいいものの、間近で見ても全く何かわからない。こんな環境なのにすり傷の一つもないあたり、尋常な物体でないのは確かだが……。
「金の小窓は何か命名してくれてないのか?」
あの原理がよくわからない命名機能が働けばヒントくらいは得られるかもしれないと思い聞いてみる。
「金の小窓は反応しておりません……どうやら、特異物や異獣ではないようでございます……」
「そうか。なるほどそれは……大ヒントだな」
特異物や異獣でないということは、これはおそらく本当に箱なのだ。
異様な存在感を持ちながら、それ自体は名前を持たない箱。内側に何かを隠した箱。そこにあるものは特異物か、異獣か、あるいは……さらなる未知を内包した、新たな迷宮か。
知らず、口角が上がる。
「壊す……いや、まずは一通り周りを見ておくべきか」
壁を壊してから門があることに気付くような事態は避けたい。とにかく最初は観察だ。
「であれば、まずは上に登ってみませんか……?」
「そうだな」
巨大な箱の周囲を一周するのは骨が折れる。先に箱の上面を見ておくのは効率的だろう。
とはいえフランと一緒に金属塊をよじ登って箱に近づくのもそれはそれで時間がかかる……と思った瞬間、フランが冷気を操り、箱の天面へ一直線に向かう氷の階段を作り出した。
「わたくし……実はこんなこともできるのでございます……!」
えっへん、とフランは胸を張る。ランスリリーサー撃破後の変な調子が一向に抜けないが、まさかこっちがが素なのか。
ともあれ、フランが作ってくれた長い階段を視聴者コメントと戯れながら十分ほどかけて登り、俺たちは箱の天面の上に立つ。
そこに、予想もしていないものが待ち受けていた。
「これ、なんだ……?」
箱に、巨木の切り株のようなものが刺さっていたのだ。
どう見ても箱の内から出てきたものではない、サイズ感と質感ともにクロンダキアの枝に酷似した樹木の断片。それには、鋏で執拗に切り付けられたような跡があった。
指に刺さった棘を抜こうとして失敗し、大部分が中に残ってしまったような雰囲気だった。
『(語録殺)ランスリリーサーがこれを齧っていたのかな?』
「俺もそう思う」
頷き、考察する。
「ランスリリーサー……槍殺し。槍を解放するもの……もしかしたらこの巨大な木は槍で、これをなんとかするために、ランスリリーサーは生み出されたのかもしれないな」
俺は推測を語る。
ランスリリーサーは相当な時間をかけてこの木を取り除こうとしたのだろう。木は箱の外側への出っ張りがほとんどない程に削られているうえ、あたりには砕けた鋏の欠片が一面に広がって銀の迷彩のようになっていた。おかげでこれほど巨大な木にも関わらず遠目ではまったく気付けなかった。
「ミストルティンのような木の槍……機械神の槍傷……この空洞に元々あったもの……であれば……」
フランがぶつぶつとつぶやきながら思案し、はっと顔を上げる。
「もしかして……槍というのは、世界樹クロンダキアのことなのでしょうか……?」
突飛な発想だった。
だが。
「……妄想……と切っては捨てられないな。金の小窓がここを【機械神の槍傷】と名付けた理由にもなる」
であればクロンダキアは……世界樹と呼ばれ迷宮の代名詞にもなった大樹の正体は、この槍の末端、とうに切り離された石突きの欠片でしかなかったということになる。
壮大すぎる話だが、ないとは言えないのが迷宮というものだろう。
「だがこれが槍なら、刺された何かが存在するわけだ」
『(語録殺)この箱そのものが目標じゃ?』
「その可能性ももちろんあるな。だが、この箱の中身を狙った可能性もある。いずれにしても、この箱にはこんなとんでもない槍を刺されるだけの理由があるんだろう。案外、本当に機械の神がいるのかもな」
勿論、この推測の全てが的外れで真実は別にある可能性もある
だが、それならそれで悪くない。合っていようと間違っていようと、答え合わせは楽しいのだ。
「では、先へ進むと致しましょう……」
「ああ」
箱の内部へ入る方法は明白だった。箱に突き刺さった木、その中心が空洞になっていたのだ。このうろをを通り抜ければ、俺たちはついにこの迷宮の真実に手が届くのだろう。
俺は木のうろの中の足がかり、鋏傷と思しき突起につま先を乗せる。金の小窓が、箱に隠された迷宮の名――【未顕救世工房カイト=フレニア】を浮かび上がらせる。
猛烈に嫌な予感がした。
「鳩さま……?」
飛びのくようにその場を離れ、俺に続こうとしていたフランの肩を押さえて引き留める。不思議そうなフランにただ「進むな」とだけ言い。俺は【外の部屋】から一抱えほどもあるカナリアを模したチープな質感のおもちゃを出して、置く。
「……これは【
『見たことあります。一定範囲にいる脅威の存在を知らせる特異物の一つですよねやん』
「ああ。だが警報代わりの特異物の中でもこれは相当にピーキーでな。脅威が感知範囲に入って数十秒経たないと動作しないうえに、ちょっとやそっとの脅威じゃ反応してくれない」
些細な違和感も見逃さない他の警報系特異物とは対極の、まさに呑気な小鳥。だが、だからこそ用途によっては役に立つ。
「これが鳴くのは、使用者がほぼ死ぬレベルの脅威がいるときだけだ」
言い終えたその時、
「ギキキキキキキキ! ギキキキキキキキ!」
おもちゃのカナリアが、耳障りな声でけたたましく鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます