第十六話 素

「大勝利、なのでございます……!」


 やけにテンション高くフランが繰り返す。


 なんで突然彼女がこんなノリになってしまったのか気になって仕方ないが、それ以上に気になることがあった。


「……フラン、あんたは……」


 あの効果、あの力は、間違いなく……。


『?』


 視聴者はわかっていないようだが、これは俺の【焼結佳人アイドライズド】と同じ一級特異物の力だ。


 ――それは破壊不可能な糸によって拘束され、絶対零度を下回る異常な冷気によって凍結した小さな黄金の心臓。

 途方もなく恐ろしい何かの一部であるとされる忌物。

 完全に封印されているにもかかわらず、ただ心臓を抑え込んでいる冷気の残滓だけで一級に数えられた驚異の特異物。


 ――【仮死せる黄金コールドゴールド】。一級特異物の中でも屈指の力を持つとされる、コールドゴールド社の社名になった特異物だ。


「フラン……」


 コールドゴールド社の象徴ともいえる秘宝を身に宿す、あんたの正体は。


「今は何もおっしゃらないでください……」


 フランは顔を背け、小さな拳を握りしめ、崩壊するランスリリーサーを見つめた。


「本当は、駄目……駄目だけど……」


 続く言葉は、自分自身に言い聞かせるかのようだった。


「……今日一度きり……ほんの一度の冒険なら、構いませんよね……?」





 さんざん限界を超えた無茶な走行をした上に二度の落下と凍結のコンボまで喰らったバギーが、異音を立てながら走る。

 俺は壊れかけのバギーをいたわるようにゆっくりアクセルを踏む。幸い、箱に近づくにつれて異獣の数は加速度的に減り、もうほとんどその姿を見ることはなかった。


 今にもバラバラになりそうなほどボロボロなバギーとは対照的に、ぷかぷかと浮かぶ金の小窓には傷一つなかった。場所取りが巧みなのだろう。頼りになるカメラマンだ。


「クオンとマジョリオの冒険によると……クロンダキアとは『永遠に朽ちぬ緑』を意味する空前絶後の巨大樹でございます……」


 助手席でフランが饒舌に語るのは、クオンとマジョリオが残したとされるクロンダキアの伝説だ。


「曰く、クロンダキアは窮地において他社の命を吸い取る捕食器官を放ち、攻撃と回復を同時に行うとのこと……」


 ランスリリーサーを倒してからのフランはずっとテンションが高いままで、遠足中の子供のように常にそわそわとしていた。さっきから聞いてもいないクオンとマジョリオの冒険譚を話し続けている。


「だからわたくし、あっけなく焼け落ちたあのクロンダキアは……本当は偽物だったのではないかと思っているのでございます……」


「それは冒険譚のほうが間違ってんじゃないのか」


 そう指摘する。クオンとマジョリオの冒険譚は半ば神話であり、現実と合致している描写は限りなく少ないのだ、が。


「っクオンとマジョリオの冒険は……間違ってなどおりません……!」


 フランはおそろしく頑なだった。


「いやまさかあんた、あれを鵜呑みにしてるのか? どう考えてもおかしいところいっぱいあっただろ」


「ありませぬ……! そうおっしゃるからには具体例はあるのですか……!?」


「いっぱいあるぞ。例えば深海遺跡を探索中のクオンが突然火星人に襲撃される場面とか……」


「火星人が海水浴をしたくなることもあるでしょう……!」


「マジョリオがコーラを飲んでたら忍者の罠にかかって江戸時代に飛ばされた謎の展開……」


「忍者もさるものということでしょう……!」


「過去編で死んだ友人が何の説明もなく現代編に出てくるところ……」


「そういうこともあるでしょう……!」


「いやないだろ……」


『改めて聞くとあん殺の第二部みたいな冒険譚やんね』


「いやあん殺ってそんな漫画なのか?」


 物凄い気になってきた。


「た、確かにちょっと変わったところもありますが、意訳や表記ゆれの範疇でございます……!」


「もしそうなら本書いた奴は首にしたほうがいいだろうな」


 ぐぬぬ、とフランはうなる。


「で、では、間違っていたという証拠はあるのでございますか、証拠は……?」


 とうとうフランは追い詰められた犯人みたいなことを言い始めた。


「証拠も何も、会ったことあるからな」


「え……?」


 ぽかんと口を開けて放心したフランに、俺は続ける。


「ずっと昔、迷宮で暮らしてた俺を外に連れてきてくれたのがあの二人だ。だからそれなりには知ってる。冒険譚だと物静かで執着心が強い賢者だったクオンは、リアルだと最前線でバリバリ殴り合う活発で生意気な少女だったし、ムキムキで頼れる益荒男だったマジョリオはおまぬけを擬人化したみたいな女で名前もマジョリカだ」


 冒険譚の内容もめちゃくちゃで、そもそも行き先の迷宮が八割がた違う。もう合っていることを探すほうが大変だ、と本人たちが嘆いていたことを思い出す。


「そういうわけで、あの冒険譚はファンタジーだ」


「そ、そんな……そんなぁ……」


 フランがこの世の終わりのような声を出したのもつかの間。


「……しかし、それは裏を返せば……お二人には知られざる伝説が数多あるということでしょうか……お得でございますね……」


 すごいポジティブシンキング。というかどれだけあの二人の冒険譚が好きなんだこの少女は。


『(語録殺)ところで、鳩さんは迷宮生まれなの?』

『それはない。迷宮で生まれた命は迷宮から出られないやん』


「まぁその辺はおいおいな」


 コメントの質問をはぐらかす。

 隠すつもりはないが唐突に言い出す内容でもないし、なにより目的地の箱はもう目前だった。

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