第十五話 氷の激情

 宙に浮いていたバギーが着地する。激しい振動を受けながらも、倒れ伏すランスリリーサーに巻き込まれないように大きく距離を取って、急停止。


「やった――」


「いや……これは……」


 フランの声と俺の声はほぼ同時だった。


 視線の先で、ランスリリーサーの巨体がばらばらに分裂し始めた。巨大な鋏のムカデが、小さな――とはいえ一軒家くらいはある――無数の飛翔体に姿を変える。それらはカニとUFOを合体させた子供用のおもちゃのように見えた。


「芸風が広いな、一級でも中堅はあるぞ」


 言いながら、牽制を兼ねて適当な個体にリボルビングの炎弾を撃ち込む。

 直撃したUFOは消し飛んだが、爆発の加害範囲に巻き込んだUFOは小破程度で済んでいる。小さくなってもムカデモードと防御力が変わっていないようだ。


「来る」


 上空を覆い尽くすUFOの群れが一斉に降下を開始した。まるで銀色の雨のように、無数の機体がこちらに向かって急降下してくる。


 リボルビングを撃って撃って撃ちまくりながらバギーを走らせ距離を取るが、数が多すぎる上に向こうのほうがやや速く三機の接近を許してしまう。


 一機目にリボルビングの銃身を突き刺し、二機目は銃身で殴り飛ばす。三機目も銃身で叩き落とそうとして、銃がひん曲がっていることに気付いた。


「本来の用途と異なる使い方はするもんじゃないな!」


 後悔しながら、俺は間近に迫った敵機に向け、口から全力で火を吐いた。


 火山の噴火にも似た炎の奔流が、至近のUFOどころかその背後の三十機ほどをまとめて焼き落とす。作用と反作用が正しく働き、バギーが空を駆け上るように宙に浮き、三十秒後に落下した。


「あ、あああああ……!」


『おいおいおい実はドラゴンなんじゃねーの?』


 バウンドするバギーの凄まじい音とフランの悲鳴と言い得て妙なコメントに挟まれながら、俺は思案する。


「……リボルビング以外で、二回も炎を使わされるとはな」


 しくじらなければ勝てる戦いだ。それは間違いない。


 ただ、想定していない形で炎を二回も使ってしまった。なるべく炎を使わないでおこうと思っていたのにだ。

 それはつまり、当初の想定より危険な状況にいるということ。

 フランを危険にさらしているということだ。


 悪い戦況を楽観視して死んだ兵士を思い出す。敵の戦力を過小評価して死んだ傭兵を思い出す。

 ランスリリーサーからフランを守り切れない可能性は小数点以下だとは思うが……小数点以下でも可能性がある時点でNGだ。


「仕方ない、撤退するぞ」


 判断は一瞬、俺はこの戦場に見切りをつけた。


「て、撤退……でございますか……?」


 フランは心底意外そうにこちらを見た。


「で、ですが……鳩さまなら問題なく倒せる相手では……?」


「そうかもしれんが、あんたを危険にさらしながら飛車角落ちで戦うもんでもない」


 ハッキリ言ってUFOモードのランスリリーサーは俺にとってカモだ。

 今は対応に手間取っている分裂も、ある程度炎を出せる前提なら、自分から当たり判定を広げてくれるサービスになる。火力と速度に優れて表面積が少ない分、ムカデモードのほうが厄介なくらいだ。


「普通にやれば勝てる相手だからこそ、あんたがいる今無理をする意味がない。無理言って付き合わせてる一般人をリスクには晒せんよ」


 外の家に逃げ込む手もあるが、あれは入った場所と同一の座標にしか出られないうえに外の様子が分かりづらい。わずかとはいえリスクがあるのは同じだった。


 幸い、炎を警戒したのかUFOの群れはこちらを遠巻きに観察していた。このままできる限り距離を取ってから、呼ばれ鈴を使って撤退だ。


「…………それは」


 フランの呟き声。


「それは、わたくしがいるから、この冒険を中断する……ということでございますか……?」


 フランは俺に無表情で問いかけた。なぜか、目が据わっていた。


「いや一時中断だしそこまで気にしなくてもいいんだが……。単に危険な冒険をするのは俺だけでいいって話だよ」


 彼女が一緒に配信をしてくれるのは楽しい。とはいえ、それは完全に安全な保障があってこそ。


「あんたにはリスクのない、楽しい観光だけをしててほしいんだ」


 それが、一般人を危険地帯に連れてきてしまった者の義務というものだろう、と俺は最初から思っていたのだ。


「……………………そうですか」


 ――のちに視聴者から教えてもらったのだが、

 俺がこの発言をした瞬間のフランを動画で見ていると、例えようのない恐怖が襲ってくるのだという。


「まぁ、そういうわけで。今日の配信はこれで終わろうと思う。物足りなかったかもしれないが、明日はランスリリーサーにリベンジするから、ぜひ見てくれ」


 折れてしまったリボルビングをUFOに投げつけ大爆発させながら、俺は視聴者に向けて配信の終わりを告げた。


『スッゲー戦闘中なのに終わるのか……!?』

『↑消化試合ってことやん』

『わしはお疲れ様の翁と呼ばれておる』

『安全第一なら仕方ないねやん』

『スッゲー次の配信も期待してる……!』


 不満の一つでも出るかと思ったが、コメントは暖かい。いや文句が金の小窓に検閲されているだけかもしれんが、ともあれだ。


「フランも今日はありがとうな。ランスリリーサーとか危険な異獣をあらかた倒して、安心安全な観光ができるようになったら、また……」







「……マジで、クソほど、ムカついてまいりました……」







「!?」


 フランが放った予想外の一言に、俺は言葉を失った。


『な、謎の展開やん』

『スッゲーキャラ崩壊……!』

『なんでいきなり怒ってんだこの人!?』


 コメントも困惑している。最後のコメントが言う通り、怒り始めた意味が全く分からない。朝の電話に続いて、今度は何の地雷を踏んだんだ。


 しかし現にフランは――俺や視聴者に対してではなさそうだが――どうしようもなく怒っていて、その凍てつくような怒りに、周囲の温度が下がったような錯覚すら……。


「……嘘だろ」


 違う。錯覚じゃない。猛烈に、大気の温度が下がり始めている。


「思うところがあり……秘密にしておりましたが……」


 フランの座るシートがパキパキと凍っていく。バギーそのものも凍って動きが鈍くなり、やがて止まる。凍結現象が際限なく周囲に広がっていく。俺が炎を扱う力を持っていなければとっくに凍死していたかもしれないほどの冷気が、彼女を中心に発生していた、


「わたくし……観光客や飛車角落ちのごときお荷物……ではありません……」


 驚愕する俺と視聴者を尻目に、フランはシートの上に仁王立ちすると、空を覆いつくすUFOの群れに手をかざした。


「多少は……そう、あくまで多少ではございますが……戦うすべを持ち合わせております……!」


 粉雪が舞い始める。それはすぐにフランの上空で渦を巻き、吹雪のように荒れ狂い始めた。

 吹雪からはぐれた小さな雪片をつかみ取り、俺は何度目かの驚愕に襲われた。

 ほんの小さな雪のかけらが、巨岩のように重く、液化ヘリウムよりも冷たい。思い切り指でつぶしてみても全く傷つかない。異常な重量、異常な冷気、異常な硬度の三拍子だ。


「御見せいたします……!」


 そんな魔性の雪が、猛吹雪となってUFOを襲う。

 それは都市一つを擦り潰しうる氷雪のおろし金。熱耐性を得た代わりに冷気にきわめて脆弱化したランスリリーサーの装甲では耐えられるはずもなかった。消しゴムの前の落書きのように、あるいは白い絵の具で塗りつぶされる色画用紙のように、わずかな抵抗も感じさせずに削れきって吹雪の中に消え去っていく。

 ものの数秒で半数のUFOが雪の嵐に溶け消えた。


「まだ……!」


 生き残ったUFOが再集合し、ムカデの形に戻っていく。表面積を減らせばまだ耐えられると踏んだのか。その姿は以前より小さくなっているが、なお威圧的な存在感を放っている。


 手を貸そうかと思い……やめる。


「虫はピン止め、標本でございます……!」


 すでに、彼女の勝ちだ。


 次の瞬間、間欠泉のような勢いで地を貫き出た雪の大棘がランスリリーサーの巨体を幾重にも縫い留めた。


 ランスリリーサーは再度分裂し離脱するそぶりを見せたが、分裂するそばから大棘から放たれる冷気で凍結していく。金属が軋む音と共に、ランスリリーサーの動きが徐々に鈍くなっていく。


 バギン、と。ひときわ大きな破砕音が響き、


 ランスリリーサーは儚い氷像のように砕け散った。


「超大勝利、でございます……!」


 青みがかった金髪をたなびかせ、ふんすと胸を張り、右手でVサインを作って、フランが笑う。

 これまで見たことがないほど、無邪気で可愛らしい顔だった。

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