第十四話 ランスリリーサー

 それは、瓦礫の山を遥かに凌駕するサイズだった。全身は黒ずんだ金属の装甲に覆われ、無数の傷や焦げ跡が残されている。長い年月の間、数多の戦いをくぐり抜けてきたのだろう


 特に目を引くのは、全身を構成する生える無数の鋏。大小ありつつも一つ一つがビルほどもある巨大な鋏が偏執的に重ねられた造形は、機械というより特殊な美術品を思わせる。劣化が進んでいるのか、鋏が開閉するたびに金属同士がこすれ合う耳障りな音を遠く離れたこちらまで響かせてきた。


 金の小窓いわく、その名は【槍喰らいランスリリーサー】。一級異獣だ。


『スッゲー巨大……!』

『(語録殺)ボスじゃん』


「ボス……言いえて妙だな。あれをどうにかしないと先には進めそうもない」


 威容を観察していると、突如、ランスリリーサーが異様に大きな頭部をもたげた。その動きに伴い、周囲の瓦礫が崩れ落ちる。大地が震動し、バギーも揺れた。ランスリリーサーは口のような鋏を大きく開いた。


「や、やめ……」


 ランスリリーサーが頭を向けたのは、モーターのようなスクラップの陰に隠れ動画を撮っていた配信者と思しき男だった。姿を隠す特異物を使っていたようだが相手が悪かったらしく見つかってしまったようだ。

 走って逃げようとする男にランスリリーサーは一瞬で肉薄すると、その鋏で怯えきった顔の男を挟み込み――男が消失する。ひしゃげたメガネのフレームと腕時計だけがボトリと落ちた。後には何も残らず、血の一滴すら見当たらなかった。


「……なるほど、クロンダキアを消したのはコイツか」


 男の死を悼みつつ、確信する。


 金属以外を消し去る鋼のムカデ、ランスリリーサー。

 コメントが指摘した通り、こいつがこの【機械神の槍傷】のボスで間違いないだろう。


「ああ、ちなみに一級の異獣というのは、核兵器でギリギリ死んでくれる異獣のことを指す。正しい定義じゃないが、傭兵の間ではそういうことになってる」


 俺は独り言のように説明を始めた。一時視聴者を意識していなさすぎたことを反省し、逐一説明を挟むことにしたのだ。


「つまり目の前のこいつを確実に倒すなら、ここで俺が核並みの爆発を起こさないとならないわけだ」


 できなくはないが……。


「でもそんなことしたら危ないからな。少しずつ削っていく」


 幸い相手はまだこちらを意識していない。奇襲をかけるなら今だ。


 俺は例によって【外の室内】から二級特異物、【限定的な無限の残弾リボルビング】を取り出す。


 これは周りにあるものを自動的に弾丸に変えて発射する特異物の対物ライフルだ。撃ちすぎると使用者の肉体が弾丸に変えられ失血死するらしいが、炎を弾丸に変えられる俺にはリスクなんてないようなものだ。


「鳩さまは狙撃もできるのですね……流石でございます……」


「あんま上手くはないけどな」


 苦手とまではいわないが、純粋に経験不足。長距離攻撃で精度を出したい時しか使わないからあまりうまくならない。基本的に面制圧で炎を出しまくったほうが圧倒的に強いのだ。


 ともあれ、俺は不慣れな手つきでリボルビングを構え、ランスリリーサーの頭を狙撃する。


 発射された炎の弾丸がランスリリーサーの頭部を捉え、大爆発を起こした。轟音と共に、硫黄色の炎が周囲を照らす。爆風があたりに散らばるスクラップを吹き飛ばし、黒い煙がランスリリーサーを覆った。


『やったか!?』


「それは悪しきフラグ……でございます……」


「フラグは知らんが、やっぱ一撃じゃあな」


 果たして、煙の中から現れたランスリリーサーは健在だった。


 虫のような頭部はひどく焦げ付いていたが、その機能が失われたようには見えない。


「! あれは……」


 フランが驚愕に目を見開く。ランスリリーサーの装甲が、みるみるうちに赤みを帯びていったのだ。


「……驚いた、攻撃に耐性を持つのか?」


『スッゲーA国の【パラダイムシフター】っぽい……!』


 コメントに同意する。これはパラダイムシフターが持つ驚異の防御、耐性学習装甲に瓜二つの反応だ。


 もしそうなら厄介だが……弱点もある。

 あの装甲は、耐性を得た攻撃と真逆の属性に脆弱化する。膨張に対する収縮、炎に対する冷気、光に対する闇……そういうものに対して、通常装甲以下の防御力しか発揮できなくなるのだ。

 もっとも、俺は冷気も出せないし何より面倒だから耐えきれないほどの熱で焼き切るんだが。


「ともあれまずは回避だな」


 もう一発炎の弾丸を発射してからアクセルを踏み込んだ。エンジンが唸りを上げ、タイヤがスクラップを蹴り飛ばす。

 次の瞬間、ランスリリーサーは巨体からは想像もできない速度でこちらに突進してきた。


「あの巨体で……凄い速さでございます……!」


 猛烈に加速し、風を切って疾走するバギーだが、ランスリリーサーを振り切れない。俊敏な機動はそれこそ獲物を狙うムカデのようだ。

 俺は左手でハンドルを握りながら右手でリボルビングを撃ちまくる。激しく揺れる運転席かつ片手撃ちかつ腕が悪いので三割くらいしか当たらないが、精度は物量で補う。十発も炎弾を頭にぶち込むと、ランスリリーサーの頭部の装甲が一部吹き飛び、半壊した。金属の破片が宙を舞い、雨のように降り注ぐ。


『注意しろ撃ってくるぞ!』


「わかってるよ」


 語録も使わず警告してくれたコメントの通り、ランスリリーサーは半壊した頭部からガトリングガンを生やし、弾丸の雨を降らした。


 戦場で覚えたドライビングテクニックで、襲いくる弾丸をかわしていく。ときには宙をジャンプし、ときには地面を滑るように走る。

 回避の難易度は上がったがやることは変わらない。とにかく徹底的に回避しながら、弾丸を撃ち込んでいく

 二十発目の直撃弾が頭部のガトリングを吹き飛ばし、中の制御部位らしき機構が露出する。


 後一手。


「!?」


 おもむろに、ランスリリーサーは巨大な体を地面に叩きつけた。


「きゃあっ!」


 フランの少女らしい悲鳴と共にバギーが宙に浮く。

 車が車である以上、タイヤが設置していなければ進みようがない。

 そしてランスリリーサーはその隙を逃さず、片方のみとなった頭の鋏をこちらに振りかざす。

 巨大な虫の頭が、触れられそうなほど間近まで迫り――。


「すまんが、そこは俺の間合いだ」


 ランスリリーサーは、俺が掌から放った熱線によって頭部を焼き切られた。

 ――直接炎を使わないというのは単なる努力目標。

 一発くらいなら、普通に撃つのだ。

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