第十二話 迷宮暴走自動車

 大挙して押し寄せる猿に酷似した殺人兵器を投石でまとめて吹き飛ばす。カッパみたいなのは蹴りでなぎ倒し、目の前に降ってきた球体状の兵器はすぐさま蹴り上げて空の彼方へお帰り願う。


 気配を殺し奇襲してきた蛇型の頭を引きちぎり、上空の鳥型に向かって投げつけ叩き落とす。衝撃で燃料か何かに引火したのか、鳥は虹色の花火になって爆散した。


「……やっと終わりか」


 波状攻撃をしのぎ、62体の異獣を倒したところでやっと敵のおかわりがなくなった。

 配信を始めて一時間。敵の攻撃を受けたのはこれでもう6回目だった。


『スッゲー強い……!』

『(語録殺)いや、いくらなんでも強すぎるだろ』

『(語録殺)実は有名な軍人だったりするの?』


「今は内緒だ。しばらくはただの鳩として扱ってくれ」


 コメントにそう返し、フランのもとへ。


「……この迷宮は、想像以上に……レベルが高うございますね……」


 がれきの陰に隠れさせていたフランがゆっくりと顔を出しながらそうつぶやく。


「鳩さまは、あっさりと討ち取っておられますが……どれもこれも、二級迷宮の基準とされる……【蛇の借宿】に登場する異獣より……強力でございます……」


「そうなのか?」


 強くてもB国のゴーレムよりやや劣る程度の異獣だったが、迷宮に当てはめるとそんなものなのか。


「はい……強さの平均値は、二級迷宮最難関……【アルハマイの逆渦】に近しいかと……。もっとも、あちらには一級異獣……【逆巻く剣ウツボ】の目撃談が……二件ほどございますゆえ……それが事実ならば、話も違ってまいりましょうが……」


「詳しいんだな。特に【アルハマイの逆渦】はマイナーな言語で書かれた資料しかないと聞いたが」


 迷宮マニアの戦友が、手元にあるのに読めない迷宮の文献について嘆いていたときにそう聞いた覚えがある。

 なんでも、感受性が豊かな幼児でないと非常に読みづらい特異物じみた言語で書かれているとか。


「迷宮、好きなのか」


「…………お金儲けには……情報収集が肝要でございますゆえ……」


 フランは冗談めかしてそう言ったが、どこか寂しそうに見えた。


「ともあれ、ここは……ふだん四級の迷宮にて配信しておられるような方々には……耐え難き環境かと……。あるいは、死人が続出しているやもしれませぬ……」


「まぁ、とても一般人が来ていい場所じゃない、なッ」


 言いながら、進路上にいた多脚戦車に向かって落ちていたパイプを投げる。戦車の砲塔に入り込んだパイプは凄まじい音を立てて炸裂し、戦車は大爆発を起こした。


「……敵がそこそこ強いのもあるが、何より多すぎる。びっくりするほど道も悪いし、どうしたもんか」


 一時間かけて進んだ距離は雀の涙。この調子だと最深部の箱に到着するのはいつになることやら。


『空を飛ぶなんてどうかな?』


「できるが、迷いどころだ。襲われる場所が空になるだけなら意味がない」


「……」


 フランは何事か考えこんで、一つ頷いた。


「……致し方ありませぬ……。初回より……超長時間の配信というのも……流行りませんでしょうし……」


 そう言って、フランはバッグから近未来的なバギーのようなミニカーと水筒を取り出した。

 慣れた手つきでミニカーに水をかける。すると、ミニカーは水を吸ってぐんぐんと大きくなり、やがて一般的な車両の大きさまで拡大した。水で戻す乾物のようだった。


「コールドゴールドの便利グッズか……こういうものもあるんだな」


 感心する。とんでもない売り上げをたたき出しているだけあって、コールドゴールド社の技術力は確かなものだ。


「インスタントカー……でございます……悪路に極めて強く……このスクラップの大地も、すいすいと進めるかと……」


「便利なもんだな」


 後で金取られそうだが、これは金を出す価値がある。買い取ってもいいくらいだ。


「コールドゴールドの迷宮グッズは【一人でお祭り!? 超リアル立体ホログラム映像生成器カゲブンシン・ザ・ニンジャ】しか使ったことなかったが、やっぱいいもん作るんだな」


「なにゆえ……よりにもよってその製品を……?」


「持ってきた戦友に聞いてくれ」


 ちなみに【一人でお祭り!? 超リアル立体ホログラム映像生成器カゲブンシン・ザ・ニンジャ】はその戦友が飽きたことで俺に押し付けられ、家の棚で眠っている。


「カゲニンのことは置いておきまして……これの運転方法は、一般的な車と同じでございますが……車の運転をされたことはおありですか……?」


「それなりには」


 戦場で運転する機会は多かったし、いくつかの国の免許も持っている。もっとも、闇市で買ったり政府が勝手に送り付けてきたものだが。


「では……」


 俺が運転席に、フランが助手席に乗り込む。

 キーを回してシフトレバーを動かし、アクセルを踏み込む。

 バギーはスムーズに発進した。スクラップの海のようなとんでもない悪路にもかかわらず振動は大きくない。驚くべきサスペンションの効きだった。


「いや、快適だな」


「弊社の売れ筋商品でございますので……」


 普通に欲しい。後で買おう。


「だが、もっとスピードは出せないのか? この速度だと異獣から逃げきれないかもしれん」


 アクセルを限界まで踏み込んで時速80キロくらいだ。今のところ何度か見かけた異獣はスルー出来ていたが、相手によってはわからない。


「まぁ……観光用途でございますから……」


 なら贅沢は言えないか……とあきらめかけて、ふとひらめく。


「これはエンジン車か?」


「はい、エンジン車……というか……ハイブリッドでございますが……それが何か……?」


「わかった。舌噛むなよ」


 エンジンは、燃焼による機体の膨張で動くものだ。

 スパークプラグのタイミングとか小難しい点もあるにはあるが……そのへんも全てひっくるめて、俺は炎で無理矢理動かせる。


 右手の【焼結佳人】の封印を解き、給油口のほんの小さな隙間から燃料に引火しない超低温の炎をエンジン内に潜り込ませる。


「飛ばすぞ」


 タイミングを合わせ燃料を爆発させ――。


「……ああああああーっ!?」


 バギーが、鞭を打たれたウマのように超加速した。


「ははははは、これは速いな!」


 高機能なサスペンションでも殺しきれなくなった走行の衝撃をもろに尻に受けながら爆走する。

 観光客救出の依頼で、電気系統の故障で立ち往生したバスを強制的に走らせた経験がまさかここで生きるとは。人生とはわからないものだ。


「ばばばばばば……!」


 強風を顔面に浴びて変な声しか出せなくなったフランを保護するため、俺は空中にパスワードを描き、亜空間の家こと【外の室内】の扉を部分的に召喚、中から紙で出来たランラン、【風鈴の灯火チープランタン】を取り出して俺とフランの間に置いた。ぼんやりした光がバギーを包み、フランを襲っていた風が急激に収まる。

 これは一度だけ【呼ばれ鈴】での移動先に指定できる特異物で、副次的効果として周辺の環境を安定させる効果を持つ。かつてこれを敵陣に潜り込ませ、呼ばれ鈴を使って強襲するという作戦がB国で計画されていたが……計画が白紙になって放置された末俺が首になったのでそのままもらってきたのだ。


「ふ、風圧で……息ができなくなるのは……初めての経験でした……!」


 ひーひー言いながら、フランがジト目でこっちを見てくる。


「すまん」


 軽く謝って、周囲を見る。ちょうど、いかにもスピードが速そうな鳥型の異獣が急襲してきたが、バギーを全く捕らえられずに空を切った。


「二級までの異獣なら、スピード任せで大半は無視できるか。これなら一級以上も場合によっては撒けるかもだが……ま、振り切れそうでも戦うべきだろうな。あいつら何してくるかわからんし」


 延々と後ろから攻撃され続けるのもかなわんしな。

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