第十話 傭兵の初配信(二度目)

 長い長い階段の先、俺たちはようやくクロンダキア地下、金の小窓曰く【機械神の槍傷】へと降り立った。

 降り立ったといっても地面に、ではない。円錐の側面側に重力のようなものが働いているここを地面と読んでいいのかわからない……という話ではなく、単純にスクラップに全てが埋もれているせいでそもそも地面が見えないのだ。


 つまり、ここから先は比較的安定しているスクラップの上を渡って進んでいくことになる。


「過酷な道……でございますね……」


「空を飛ぶ特異物持ってきてもよかったかもな」


 まぁ、いざとなれば【外の部屋】から引っ張ってくることも出来るし、その辺は今は置いておく。


「では……カメラを起動いたしましたら、まず自己紹介からお願いいたします……」


「まだ視聴者いなくないか?」


「後からアーカイブを視聴する方のため……でございます……」


「そういうことか。あんたは天才かもしれんな」


 フランはなんともいえない表情を浮かべ、小さな声で呟いた。


「……もはや煽りでございます……」


 ややあって、すべての準備を整えたフランが金の小窓の撮影開始ボタンを押した。


「では、どうぞ……」


 ぶおん、と風を切るような音がして金の小窓がかすかに発光し、視聴者数(0)がその上に浮かび上がる。配信開始だ。


「俺はアリルナハト。【硫黄燎原】の名で傭兵をや」


「す、ストップ……!」


 突如、フランが慌てた様子で叫ぶ。音声命令を受け付けたか、金の小窓は自動的に配信を止めた。


「まだ視聴者は0人でございますね……よかった……」


 フランは安堵した顔でつぶやくと、空中投影ディスプレイを出して今の配信アーカイブを削除した。


「どうした?」


「どうしたもこうしたも……いきなり実名と仕事を口に出すのは……あまりにも不用心でございます……」


「そうなのか? 軽くCムービーを見た感じ、実名を出してそうなヤツも多少は見たが」


「そういう方もいらっしゃいますが……ナハトさまのネットリテラシーを考えれば……そういうことは十分に考えてからやるべきかと……」


「ん……そうなのか」


 嘘をつく必要がないなら何事も正直に話したいのだが、フランがそう言うなら仕方ない。


「なら、まだ鳩と名乗っとくよ。それでいいだろ?」


「はい……それであれば問題はございません……」


 リテイク。

 初配信(二度目、もしくは三度目)がスタートし、俺はフランの指示通り軽く適当な自己紹介をした。


「……それで、ここから先はどうするのがセオリーだ?」


「セオリーと言うほどのものでもございませんが……先へ進みながら適時視聴者の方とコミュニケーションを取るのがよろしいかと……」


「視聴者とコミュニケーションか……」


 しかしコミュニケーションを取るといってもまだ数は0……と思った矢先、突然その数が150を超えた。

 が、その内容はというと。


『スッゲー初見……!』

『わしは初見の翁と呼ばれておる』

『3580年ぶりだな……』

『3580年ぶりになるか……』


「……なんだこのコメント?」


 新規視聴者のあまりにも独特なコメントに困惑していると、フランが冷めた顔で一言。


「これは……掲示板かSNSから……頭のいかれた層が流入したようでございますね……」


『残酷に貶められた』

『(対象を取らない)黙れ』

『スッゲーひどい発言……!』

『悪意によって残酷に貶められた』


「やはり……何かの語録にて……喋っておられるようです……」


「語録……?」


「この場合の語録は……漫画やゲームなどのセリフを改変して会話することを意味します……」


「そんな文化があるのか……ネットは奥が深いな」


 完全に未知の文化だ。ちょっと感動する。


「しかし、ネタ元と何の関係もない配信で、語録を使うのは……荒らしと考えるのが……妥当でございます……」


『客観的に見て……つまりはTRUTH』

『残酷に対応されたやん』

『おいおいおいあんまりなんじゃねーの?』

『それでも、ワシらの故郷はここなんや』


 宙にフランを非難するコメントが流れる……いやこれは非難なのか? よくわからん。


「ほかにコメントがないために……選別されることなくそのまま表示されているようですが……意味不明な発言は、荒らしと同じでございます……消えてくださいませ……」


『(対象をとらない)消えろ……』

『(対象を取らない)消えろ』

『消えろ(対象を取らない)』


「なんで少し表記揺れしてるのですか……?」


 ちょっと困惑しながらも、金の小窓のディスプレイを操作して彼らのコメントを消そうとするフラン。

 それを俺は制止した。


「待てフラン。俺はこういうコメントも面白いと思う」


 追い払ったところで視聴者0に戻るだけだし、何より。


「こういう独特のノリは楽しい」


 素直にそう思ったのだ。

 物珍しいからそう感じただけかもしれないが、少なくとも今排除しようとは思わない。


『スッゲーありがたい提案……!』

『スッゲー心の広い発言やん』

『(語録殺)自分たちはアン殺ってマンガの読者です。新人迷宮配信者を語録実況するスレPart22から来ました』

『すっげー優しい思いやり……!』

『スッゲー怖い顔なのに……!』


「……怖い顔か?」


 最後のコメントが聞き捨てならなかったのでフランに尋ねる。


「……いや、まぁ……」


 フランは目をそらした。マジかよ。


『(語録殺)いや顔のことどうこういうのはナシじゃない?」

『(語録殺)さすがにライン越えだろ』

『(語録殺)変なこと言ってごめんなさい』


「……なんでそこだけ少しマナーが良いのですか……!?」


 コメントに働いた自浄作用を見て、フランは困惑しきりだった。


「鳩さま……やはり、彼らを野放しにするのはやめたほうがいいのでは……?」


『スッゲー心の狭い奴……!』

『それでもワシらの故郷は此処なんや』


「……あああーっ……!」


「ははははは」


 コミカルなやりとりに思わず笑った、

 次の瞬間、機械の怪物がスクラップを押しのけ地面から這い出した。

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