第八話 配信準備
それから1時間後。俺たちはクロンダキア跡地の隅に集合していた。
「……わたくし、一体何をしているのでしょうか……」
昨日とほぼ同じ格好ながら靴だけを動きやすいスニーカーに変えたフランは、遠いところを見つめながら半ば呆然と呟いた。
ポニーテールをくくっているのは相変わらず本人の正体を隠す【地味な布】。余程匿名にこだわりたいらしい。
「……お代は……必ずお支払いいただけますのでしょうね……?」
金色のジト目で顔を見られる。
「信用できないなら、口座さえ教えてくれれば先に払っとくが」
「では、こちらの口座に……」
フランが差し出した情報端末上に表示された口座名は【毒海再生プロジェクト支援募金】
どこからどう見ても税金対策用のダミー口座だった。
「…………あんた…………」
「税金は敵でございます……」
フランは悪びれもしなかった。
まぁ、しかし、気持ちはわからんでもない。
わずかな例外の国を除いて、今の時代の税金は上級国民の懐に入るいわば上納金のようなもの。
弱者の救済もせず私腹を肥やすだけの連中にくれてやるのは面白くないだろう……と思っていたら。
「それに……同じ額を取られるならば……賄賂という形の方が……費用対効果がよいでしょう……」
まいった、思ったよりずっと腹黒い。人の常識をどうこう言える倫理観じゃないだろこれ。
「しかし、これほどの金額をあっさりとお支払いになられるとは……あなた様は、いったい……?」
「あー……」
一瞬、はぐらかそうかと思ったが。今から配信に手を出す身分でプライバシーを考えるのも変な話だと思いなおす。
「俺はアリルナハト。しがない傭兵だよ」
「!」
フランが目を見開いた、
「まさか……かの【硫黄燎原】、アリルナハトさま……?」
「いや詳しいな」
取材は一切受けないし、知名度ある方じゃないと思っていたが。
「知らない方はもぐり……ございます……かつて【食人華】ミュッフェルテを討ち、難攻不落のフェルテ要塞を一夜にして灰に変えた、と……」
フランは珍獣でも見るように俺を上から下まで見た後、首をひねる。
「それがなぜこちらに……? 【自殺代行者】や【呪いさん】といった有力な傭兵の方々と共にB国にいらっしゃるはずでは……」
「なんか知らんが首になった」
「っ……あの報道は偽りではなかったのですね……」
知ってはいたが信じていなかったらしい。
そりゃそうだ。報道が腐っているのもそうだが、今まさに敵軍が攻め込んでいるときに戦力を首にするアホがいるとは誰も思わない。
「いえ……納得いたしました。確かにあなたがあのアリルナハトだというのなら……世界樹を焼くくらいは朝飯前でございましょう。これまでお相手にした者に比べれば……クロンダキアなどただの薪にも等しいのでしょうから……」
「買いかぶりすぎだが……木を焼けない炎使いはさすがにな。というか俺の自己紹介はもういいだろ。あんたも改めて自己紹介してくれよ」
「……アリルナハト様ほど有名ではございませんので、恥ずかしくございますが……あらめまして、わたくしはコールドゴールド社のフランクローネと申します。現在は主に【金の小窓】の調整などを担当しております」
……まだ何か隠している気がするが、今問いただしても答えてくれないだろうし問いただす暇も意義もなかった。
「しかし……これはまた、大した空間でございますね……」
フランは話を誤魔化すように、クロンダキアが沈み込んだ穴の淵に立った。
俺も改めてその全貌を見る。
円錐状に深く深く、クロンダキアをあっさりと飲み込んだ深く落ち込んだ空間。側面側から重力が効いているのか、そこに溢れる見渡す限りのスクラップの海。地球で見るものとまったく変わらないような車両から、まったくもって用途がわからない巨大な機械の塊まで、全て平等にうち捨てられている。それらの大部分は未知の金属から構成されており、壊れた機械が放つ照明と大穴から注ぎ込む光をきらきらと反射していた。
そして昨日は気付かなかったが、円錐の先端、一番奥に銀色の箱のようなものがかすかに見える。最奥にあるにもかかわらずこの距離でも視認できるのはすさまじい大きさだ。
「……しかし、妙だな」
思わず首をかしげる。クロンダキアの残骸が全く見当たらないのだ。
当初は砕けて巨大な穴のあちこち隠れてしまったのかと思ったが、いくら穴が大きいといってもクロンダキアだってメチャクチャに巨大だし、残骸が完全に隠れるわけもない。
ある種の異獣植物がそうであるように枯れて跡形もなく消滅したのか、あるいは……この穴のどこかに落ちたクロンダキアを消し去った何かがいるのか。
そんなことを考えながら穴を観察していると、俺の横を通り過ぎてどんどん人が穴へ侵入していく。新品の金の小窓を引き連れていたので、おそらく配信者だ。
「まぁ……配信のネタになりそうな場所ができたらそれは入るか」
Cムービーズで動画を配信していたヤツもそうだが、世界樹の古森のように安全な保証はないというのに、よくやる。これが配信者のサガなのか? 新人配信者の身ではよくわからん。
「負けてられんな。フラン、俺たちも配信の用意をしよう」
物はそろっている。配信用の回線もツテを頼って軍事用の超高性能なものを契約したし、探索に有用そうな特異物もいくつか用意した。ついでに馴染みの家電量販店でモバイルバッテリーも買った。
準備は万端、あとは【小窓】をフランが起動するだけ……だと思っていたが。
「ところで……チャンネルは……お作りになられたのですか……?」
「チャンネル?」
「……さようでございますか」
フランは無表情だったが、どこか呆れた風に見えたのは気のせいか。
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