第七話 金の小窓
退屈だった。
クロンダキア地下の大空洞を見た瞬間に感じた、何か満たされるような感覚がすでに懐かしく思えた。
……あれは未知そのものに心惹かれたのか、それとも、視聴者にそれを見せられたことで充足感を得たのか。はたまた別の要因か。
考えてみるが、何に飢え渇いているのかもわからないから、何で満たされたのかもわからなかった。
「……わからんなら、調べてみるか」
思い立ち、俺は情報端末を起動して、コールドゴールド社の作った動画配信サイト、Cムービーズを開いた。(やり方は傭兵仲間から聞いた)
俺が一体何を求めているのか、そのヒントくらいはあるかもしれないと思ったからだ。
【ハヤマの一人飯・夜のクロンダキアでひとり炭火バーベキュー】
【リーダーを迷宮の一番奥に置いていった結果……】
【水系ダンジョンのにわか観光客に物申したいミコミコりん(切り抜きch)】
トップ画面にはバラエティ番組の延長線上にあるような、良くも悪くも大衆向けの動画群が表示されていた。動画としては面白そうだと思うが、俺が求めているものとは違う気しかしない。
画面をスクロールしていく。雑多な動画が並ぶ中、ふと目に留まったのは世界樹の地下を探検しようとする動画だった。
なんとなく、嫌な気分がして、情報端末をスリープにする。
「……やっぱあれか。俺は世界樹の地下に行きたいのか」
ネタばらしをされたくないような、そんな気持ちがあった。
地下に行きたいのは間違いないだろう。でも、行くこと自体が目的ではないような気もした。
……わけがわからなくなってきた。
「……あの時に近いことをやってみて、確かめてみるしかないか……?」
クロンダキアの地下と動画配信をもう一度。あの感覚を二度味わえば、今度はうまく理解できるかもしれない。
幸い、首になってから一夜経ち、既に戦場に俺がいないことは――たとえ報道がステマまみれでも――それなりに知られたはず。ある程度はトラブルに出くわす可能性も減っただろう。
地下には、早ければ今日にでも各国の調査隊が入ってくるだろうから、動くなら今だ。
「そうと決まれば、配信の準備だな」
まずはあの配信用のカメラ、【金の小窓】が欲しい。早速コールドゴールドの通販サイトに問い合わせる。
「ただいま10年待ちとなっております」
コールセンターのオペレーターから返ってきたのはそんな無情な回答だった。
詳しく話を聞いたところ、スーパーお急ぎ便だと納期が半分、超スーパーお急ぎ便だと十分の一にはなるが、その分ブースト手数料が加算されてしまうらしい。いや金は別に良いんだが、納期が十分の一でも一年待ちというのがいただけなかった。
超格差社会の現代、人気商品はVIPが抱えるプライベートバイヤーに優先して卸され、余った分を一般消費者が奪い合うのがよくある構図。こういう人気商品が民衆に行きわたるのはブームが二周はしてからだ。
傭兵仲間にはプライベートバイヤーを抱える奴もいたが、生憎俺にはデパートの家電売り場の店員くらいしかツテがない。そしてその傭兵仲間はB国に契約を切られてお冠だろうから物凄く声をかけづらい。場合によっては俺もコメンテーターのように喉をやられてのたうち回るはめになる。
「となると……フランに声をかけてみるしかないか」
俺はリビングの棚をあけ、糸で出来た受話器、三級特異物【
これは最後に出会った人物と連絡が出来る特異物で、俺は泳がせた敵への恫喝用に持っていたのだが、平和的利用は初めてだ。
「ん……おはよう、ございます……おばあさま、また電話番号をお変えに……?」
五コール後に電話に出たフランは、明らかに寝起きの声だった。
「悪いが人違いだ。俺は鳩だ」
「……? どうして鳥がお電話を…………って」
そこで覚醒したらしい。電話越し、ベッドから落ちるような音が聞こえた。
「……!? 鳩さま!? どうしてこの電話番号が……!?」
「特異物を使った」
「な……」
フランはしばし絶句して。
「失礼ながら……頭がイカレているのでしょうか……?」
いや物凄いこと言ってくるな。
「そんなことよりフラン。今日は配信をやらないのか?」
「配信、でございますか……? ……ああ……」
妙に反応が悪い。
「いえ、その……今日はお休みですし、眠いので……また後日……」
「世界樹に火を放ってまで目立とうとしたのに、モチベーションが低いな」
「あれは……あなた様が勝手に火を放たれただけではございませんか……!?」
「それとも、コールドゴールドの新製品紹介が済んだから、もう配信はしなくていいのか?」
息をのむ気配がした。
「……ご明察でいらっしゃいますね。常識はお持ちでないのに」
「常識は関係ないだろ……まぁ、昨日発売されたばかりの新製品で、あれだけ大々的に報道されるとなれば前もって準備してたんだろうと予想は付く」
炎上マーケティング。
昨日寝る前に調べたところによると、炎上を意図的に引き起こし、世間に注目させることで売り上げや知名度を伸ばすというマーケティング手法だという。いかにもコールドゴールドのやりそうな品のない宣伝だ。
「世界樹の放火までは予想してなかっただろうが」
「……誰の……せいですか……」
はぁ、とフランはため息一つ。
「……ご明察の通りでございます、鳩さま。金の小窓の宣伝のために……炎上配信を、企画いたしました。……クロンダキアに火を放つなどとは考えもいたしませんでしたが……! いえ、微塵も考えてはおりませんでしたが……!」
フランは洗いざらい自白した。
……新商品の宣伝に、イメージが悪くなるリスクのある炎上配信を選んだ理由など、若干まだ引っかかるところはあるが……まぁ、そこは今はいいだろう。担当者が判断ミスっただけかも知れんし。
「ですから、もう配信など不要なのでございます……なさりたいのでしたら、どうぞ一人でご随意に……」
フランの反応はつれない。仕事でやっていただけなのだから当然といえば当然だ。
……俺の飢えと渇きが何で満たされようとしていたのか、まだわからない。だから、できれば条件の再現のためフランにもいてほしかったが、無理強いは出来ない。
「なら、せめて【金の小窓】を売るか貸してくれ。言い値でいい」
「それくらいでしたら……かまいませんが……あれは大変人気の商品でございまして、通常のご購入では10年お待ちいただくことになっており……裏ルートでは価格も相当なものになっているほどでございます……ですので少々、お値段は高くつきますが、よろしいでしょうか……?」
もちろん勉強させていただきますが、と付け加えたが、もちろんふっかける気だろう。
足下を見て都合よく利用してこようとする奴は嫌いだが。彼女はわかりやすいので嫌いになれない。
「五倍でも十倍でもふっかけてくれ。最近そこそこ金が入った」
B国から貰えなかった成功報酬の代わりに貸与品の大半を売り払ったおかげで、かなりまとまった額になっている。しかもまだプライベートバンクに入れていないから、すぐに動かせる。
「大盤振る舞いでいらっしゃいますね……昨日の炎上配信を、そこまでお楽しみいただけたのでしょうか?」
「自分でもよくわからん。ただ、あの配信で、欲しかった何かが見つかる気がした。それと引き換えなら金なんていくらでも出せる」
そもそも今流通している『お金』とは、百年前に出現したとある特異物から産み出されるもの。
国際社会というシステムが通貨の価値を保証していた時代と違い、今の通貨の価値は全て一つの特異物に依存している。そんなものをありがたがる気がしれない。
特異物は特異物によって壊せるのだから。
「夢や喜びや充足感に比べれば、金なんてゴミみたいなもんだ」
「…………そうでございますか」
声音は変わっていない。
だが、電話越し、明らかに空気が変わった
「では仮に……定価の千倍をご提示いたしましたら……お支払いいただけるのでしょうか?」
鈍い俺でもわかる。明らかに怒っている。何に怒っているかはわからんが、地雷を踏んだのだけは確かだった。
下手なことを言ったり適当に謝ったらすぐに電話を切られそうな空気感。
フランの要求を呑んでなだめたいところだが、しかし、千倍は異常だ。
いくら金の小窓が品薄とはいっても、適当な仲介人に定価の百倍も提示すればおそらく数日中には買える。
だから金の小窓に定価の千倍は出せない。が。
「条件次第だ。フラン、今日だけで良いからサポートに来てくれ。あんたがついてきてくれるなら、それだけ出す価値はある」
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