第六話 傭兵とマスゴミ

 フランと別れた後、俺は誰も知らないような過疎迷宮に移動し、亜空間につながる扉を召喚する二級特異物加工品【外の室内アウトドア】を使って亜空間にあるわが家へと帰宅した。


 翌朝。俺はベッドから身体を起こした。伸びをしてから、足を床に下ろす。

 寝室を出て、リビングへと向かう。途中冷蔵庫に立ち寄り、瓶に入った牛乳を取り出してから、ソファへ。


『せ、世界樹が……クロンダキアが……燃えております……!』


 テレビをつけると、フランが叫んでいた。


『世界樹が燃え、その下から現れたのは未踏の区域でした』


 アナウンサーの声が流れる。昨日の出来事を報じているようだ。画面には、現場の映像がふんだんに使われている。炎上する世界樹、そしてその下に広がる未知の地下空間。


『これは……この迷宮の、未発見箇所……!?』


『この人物によって発見された世界樹の古森の地下空間は、専門家によると……』


 昨日俺たちが撮った映像にアナウンサーが解説を入れていく。

 やはりクロンダキアの地下という新発見の功績は炎上の罪を購ってなおおつりがくるほどだったようで、報道で放火そのものに対する指摘はほぼなかった。


 しかし、地下空間にまつわる報道が主、かといえばそういうこともなく……。


『いやー、この金色の球みたいなカメラ! 昨日発売されたばかりのコールドゴールド社の新製品なんですってね!』


『【金の小窓クランクダウン】! これはいい製品ですよ。この年になるとカメラ構えるだけでもしんどくなっちゃって、自分で撮ってくれるカメラがあればなーっていつも思ってたんです』


『しかも視聴者のコメントが周りを飛ぶ機能まであるんです。個人的に配信業をやっているので、金の小窓があると物凄い助かりますね』


 司会やアナウンサー、芸人上がりのコメンテーターがわざとらしくカメラのことばかりを誉めそやす。


 これ通販番組じゃなくて報道だよな? と確認したくなるくらいに中立のちの字もない露骨なステルスマーケティング。世紀の発見より新製品の宣伝とはマスコミの名が泣くだろうに。


『スタジオのカメラも金の小窓にしてしまっていいんじゃないですか』


『ちょっとちょっと、マネーが足りないでしょ』


『そこは、ポケットマネーから出していただければと』


 つまらない冗談でスタジオがどっと笑う。まったくどこまでが台本なんだか、と呆れる。


 このカメラ【金の小窓】を製造販売するコールドゴールド社は、『迷宮を広く開く』をモットーにダンジョン観光市場を開拓したパイオニア企業。ダンジョンブームの立役者とも言える存在だ。

 マントル内部に存在するため容易には立ち入れなかった迷宮に呼ばれ呼び鈴を設置して敷居を下げ、ダンジョン観光やそれに伴う用品販売などの市場を独占している。

 その利益はすさまじく、創業者は会社設立わずか三年にして長者番付のトップに躍り出たとか。


 とはいえ、批判も多い。脱税や横領などの噂もあるし、さっきのような下品なマーケティングは強い反感を買っている。それを主要なSNSや掲示板に金を握らせて抑え込んでいるもんだから評判は悪くなる一方だが、コールドゴールドは金を稼げればそれでいいらしく気にした様子もない。まったく、フランクローネ並みの金の亡者だ。


『次のニュースです。B国北部の防衛線が突破され、A国軍が首都へと迫り始めました』


 そんなことを考えていると寒いステマがようやく終わり、続いて気分の悪いニュースが始まった。蟹によく似たA国の兵器が俺の守っていた森林地帯を悠々と歩いていく映像に、思わず舌打ちが出る。


『難攻不落と呼ばれた北部の森林地帯ではほぼ抵抗がなく、現地では衝撃をもって受け止められています。また、防衛を担っていた一部の傭兵が離脱したとの現地報道も出ており、混乱が深まっている模様です』


「離脱したんじゃなくさせられたんだがな……」


 思わず苦い声が漏れる。


『いや、所詮報酬で雇われているだけの傭兵に要所を守らせてしまった時点で終わりだと思いますね。責任感のないものに重要な役割を与えてしまったB国にも責任感がない。被害が広がる前に降伏した方が良いのでは?』


 芸人上がりのコメンテーターが唾を飛ばしながらせせら笑う。イラつくが、実際もう降伏しか道は残されていないように思う。


 A国の新兵器……【蟹の王パラダイムシフター】は、一級特異物相当の兵器だ。百体のゴーレムを一体で殲滅する攻撃力と核以外の通常兵器では破壊されないほどの防御力を併せ持つそれをA国は数百体は保有しているという。

 もともとのA国は強国だが超が付くほどの少数精鋭主義であり、国民は全員が一級以上の特異物で武装している代わりに十数人しかいない。だから戦争なんて仕掛けられるはずがなかったのに、パラダイムシフターが彼らの弱点を完璧に補ってしまった。


 きっと、A国は向こう三年は戦場の覇権を握るだろう。対策が出てくるまでに何か国が滅亡するかわからない。


「面白くないな……」


 ゴーンとかいう驚きのバカの案なんて土台うまくいくわけがない。うまくいくなら戦争になってない。失敗して死ぬのがゴーンだけなら笑い話だろうが、忌々しいことにその負け金を支払うのは無辜の人々だ。


 イラつくが、俺はもう部外者。流石に自分を戦争犯罪者にしてきた国を助けには行けない。

 持っていた牛乳をため息ごと飲み込むように一気に飲みほして、瓶を片付けるため一度キッチンへ。


『が、がぼ……ぼ……』


 戻ってくると、コメンテーターが喉を押さえてのたうち回っていた。誰かが特異物で攻撃を仕掛けたらしい。

 ……傭兵をけなしたのはいくらなんでもマズかったな、と思う。映像越しに攻撃できる特異物は数えるほどしかないが、数えられるくらいはあるのだ。


「やったのはたぶん【呪いさん】だな……あの女、本当に性格が悪い……」


 昨日連絡を取った傭兵仲間の顔を思い浮かべていると、アナウンサーが慌てた様子でスタジオの外に合図を送り、急遽CMが挟まれた。


『動画撮影は新たなるステージへ。金の小窓、好評発売中』


 こっちでもコールドゴールド社の新製品宣伝。もう最初から最後までCM流してたほうがいいんじゃないか。


『迷宮恋物語、第四章。狂乱の祭司場から帰還し、愛を誓い合ったティムとヨセハ。しかし二人が同棲を始めた矢先、それぞれの過去の恋人が現れ……』


 チャンネルを変えると、いかにも面白くなさそうなドラマの番宣が流れていたので、俺はテレビの電源を切った。

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