第五話 そこにあったものは
そして今。クロンダキアを遠目に臨む高台から、俺たちはコミュニケーション不全の結果を眺めていた。
「……あああーっ……悲劇的なビフォーアフターでございます……」
フランの声を聞きながら、自棄になって依頼を受けるもんじゃないな、と心底思う。
すっかり炭化した世界樹クロンダキアは、植物を癒す特異物を使ったとしてもとてもじゃないが復活不可能に見えた。
何かあっても冷静になってから対応すればいいと思っていた少し前の俺に、いったいこれをどうするのか聞いてみたい気分だった。
「……どうする?」
へたりこんでいるフランに尋ねる。
「わたくしが……知りたいです……」
「だよなぁ……」
どうするもこうするもどうしようもない。できることもやることもない。
公的に罰されないのはもとより、【地味な布】の効果で特定されないから私的にも罰されない。完全犯罪ならぬ完全迷惑行為というわけだ。
「この失敗を糧に人間として成長するくらいしかないだろうな……」
「成長で……取り返せる失敗では……ない気も致します……」
宙に浮かぶ金色の球もといカメラを見ると、動画の同接数は20万を超えていた。
『やばい』『マジヤバい』『マジで燃えとるやんけ』『男のほう明らかにかたぎじゃないな』『これちょっとやばくない?』『めっちゃヤバいだろ』
とんでもない数の視聴者数、周囲に表示されるホログラムのコメントも増えすぎて吹雪の中にいるような状態だ。
「……?」
ふと、足元に振動を感じた。
何の揺れだと考えている間にも振動は加速度的に大きくなっていき、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りまでしてくる。
「な、なんでございましょう……この音は……!?」
原因はすぐに分かった。
眼前にある世界樹、炭化したクロンダキアが、沈み始めていたのだ。
「これは……」
「おかしい」
粉々になって崩れるならわかるが、これは崩れているのではなく沈んでいる。
根が焼けたぶん沈み込んだか、と一瞬思うが、徐々に増していく沈むスピードに否定される。地下に元々空間がなければ、こんなことはありえない。
「フラン、カメラをクロンダキアのところまで飛ばせるか」
「カメラの子機を向かわせます……」
俺の要求を予想していたかのように、フランはショルダーバッグから手のひらサイズの金球を取り出していた。
カメラの子機が猛烈な勢いで飛び立ち、一直線にクロンダキアへと向かう。
一分後、ちょうど子機が到着したタイミングで、クロンダキアは沈みきった。
いや……落ちた。
「……なんと……!」
「……!」
ゾクン、と快楽に似た戦慄が背筋を走った。
クロンダキアが消えた先、途方もなく広大な、銀色の空間が広がっていた。
遠目でもわかる異様な世界だった。夥しい機械の残骸がすり鉢状の空間の側面にへばりつき、何らかの照明が夜の都市のようにまばらな光を地下にもたらしている。そして複雑に絡み合う無数の配管、この距離でも見えるほどの絡まったケーブル類……そのすべてが、世界樹と呼ばれる大樹の下から見つかるべきものではなかった。
「これは……この迷宮の、未発見箇所……!?」
フランが口を押えて目を見開く。
とっくの昔に開拓されつくしたはずの迷宮の、未発見箇所。それは、百年ぶりに迷宮が出現したようなものだ。
『マジ?』『は?』『大発見じゃね?』『やばすぎ』『世界樹燃えたってこの配信?』『今それどころじゃない』『とんでもないことになってる』
世界樹炎上どころではない大発見に、視聴者数がさらに一段跳ね上がり同接数は50万の大台を超える。
彼らによるコメントが暴風雨のように荒れ狂い――突然消えた。
「あっ」
声を漏らしたフランに視線を向けると、彼女はややきまり悪そうに。
「……その……これほどたくさんの視聴者の方が……いらっしゃるとは……思っておりませんでしたゆえ……サーバー代を……ケチっておりまして……」
大量のコメントに耐えきれなかったと。
「まぁ……あのまま配信続けても意味なかったし、別にいいんじゃないか」
今の今まで配信を続けていたのは、配信を切る切らないの判断もつけられないほど混乱していたというだけだ。むしろこんな訳が分からない状態なら配信が切れて正解かもしれない。
「……」
じっと大空洞を見つめる。
文明が崩壊した世界のような、近未来のスクラップ場のような、今の地球で唯一未知が残る場所。
ここへの道が開かれたあの一瞬、強く、心が動かされた。
俺の、この飢えと渇きを満たす何かが、手に入るような気がしたのだ。
「一時はどうなることかと思いましたが……なんとか……誤魔化せそうでございますね……?」
そんな思案にふけっていた俺は、フランの声で現実に引き戻された。
「まぁ、さすがにこれだけの大発見があれば、世界樹全焼も霞むだろうな」
世界樹放火が超ド級の迷惑行為なのは変わらないが、さすがに迷宮の未踏区域発見と比べれば大きく劣る。後者は世界のパワーバランスに影響を及ぼしかねないほどの発見なのだ。
「だいぶ計画は変わってしまいましたが……これなら、ネタとして扱えそうでございます……」
「この炎上をもとに配信者としてデビューするのか?」
「まぁ……そんなところです……」
微妙にはぐらかされた。が、深入りするつもりもない。
「……このたびは、まことにありがとうございました……」
「お礼を言うのはこっちのほうだ。いい勉強になったよ。……いろいろ迷惑かけてすまんかったな」
少なくとも今後、炎上配信と聞いて放火することはない。
俺は【呼ばれ鈴】を取り出した。今からこの迷宮に人が溢れるのは想像に難くない。他の過疎迷宮に移動しておく必要があった。
「それじゃあな」
深々とお辞儀をするフランに右手を振って、俺は左手で【呼ばれ鈴】を振りその場を後にした。
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