第四話 迷宮ディスコミュニケーション
小柄な体躯に、しわ一つないパンツスーツを纏った少女だった。
青みを帯びた金髪は高くポニーテールに束ねられ、鮮やかな赤いリボンが彼女の髪を飾っている。
スーツのジャケットは、ウエストでシェイプされており、彼女の細身のシルエットを際立たせていた。足首丈のストレートパンツからは、ヒールの高い革靴に包まれた足首が覗き、女性らしさを醸し出している。
「理解不能でございます……三百万を支払って用意した傭兵たちが……なぜ無様に尻を晒しているのでしょうか……」
少女は眉をひそめて、「……まだカメラに電源も入れておりませんのに……」とつぶやいた。
その古風で落ち着いた喋り方は、伝説の冒険者の片割れ、クオンのものとされる口調に似ている。
もっとも、あれは誇張された伝説のもの。口調どころか容姿や性別も正確じゃないと、本人に会ったことがある俺は知っているのだが。
閑話休題。
「すまん。襲ってきたからぶっ飛ばした」
俺は少女に一言謝る。と、少女は金色の瞳でじっとこちらを見た。
「それは、この方々が……喧嘩を売ったと……いうことでしょうか?」
頷くと、少女は口元に手を当てて考え込む。
「……炎上要因だからといって……質が悪い駒を選ぶのも考え物でございますね……」
ぶつぶつと何事か呟いてから、少女は頭を下げてきた。
「申し訳ございませんが……賠償の請求は……こちらの方々に……彼らは個人事業主でございますので……わたくしにお金を払う義務はないのです……」
……この状況で金の心配しかしてないのいい性格すぎるだろ。
「いや……まぁ、別にいいよ。一応俺も傭兵の端くれだ、雇用主の意に反して傭兵が動く例は何度も見てきた」
実際のところ連中は傭兵にしては弱すぎるので自称だろうが。本職の傭兵なら、あの程度の炎で倒される奴はひとりもいない。
「話の分かる方で……よかったです……お金のもめごとは……あまりいいものではありません……」
こっちは一言も金の話してないんだがな。
「ところで、傭兵を使ってここで何かするつもりだったのか?」
弱すぎる上におそらく自称とはいえ傭兵は傭兵。何かしらやらせたいことがあったはずだ。
「最近流行りの……ダンジョン配信が……したいのでございます……」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「ダンジョン配信に傭兵がいるのか?」
尋ねる。正直なところ俺はまったく動画配信のことがわからない。特に迷宮配信は俺がB国の前線に張り付いてから流行り始めたから尚更だ。
テレビで流行っていると言ってたから流行っているんだろう、というレベルの知識。具体的な内容はほぼ不明だ。
「知名度のため……あくどい手段ではありますが……炎上配信をやりたいのです……そのため……いろいろと融通が効く方が……必要でした」
「炎上……」
炎上、つまり何かを燃やして騒ぎを起こすということか?
これが住宅地だったならこの少女を警察に突き出すところだが、ここはダンジョン。各国の法は及ばない。あるのは各々の倫理観だけだ。
「あの……先ほど傭兵だとおっしゃっていましたが……今ここで依頼をすることも、できるのでしょうか……?」
「戻るのにもお金がかかるのです……」と彼女は言った。金の亡者すぎるだろ。
「動画を配信するなら無理だ。悪いが訳アリで身元がバレるとだいぶマズい。他をあたってくれ」
つい先ほどまで戦場にいた身、ここにいるとわかれば誰がどう動くかわからない。
多少の人助けならまだいいが、配信業はさすがに目立ちすぎる。せめて明日、傭兵の解雇について広く報道されるまでは待たなければ、まだB国に雇われていると思われてA国側の刺客が送り込まれる、なんてことになりかねない。
「では……この布をお貸しいたします……」
彼女がショルダーバッグから取り出したのは、彼女の赤いリボンと同じ生地の布だった。
「三級特異物【
「こんなもの持ってたのか……」
三級特異物の中では極めて有用とされる布だ。確かにこれがあれば身元がばれることはまずないだろう。
「お願い……できないでしょうか……?」
「……それは、傭兵としての俺への依頼か?」
依頼とあらば破壊工作も請け負うのが傭兵だ。
いやまぁそれでもわけのわからん放火なんて基本はしないが。しないが……。
今は、何かを燃やす言い訳が欲しかった。
別に何かを燃やすことが好きなわけじゃない。
でも、殴ることが好きでなくともサンドバッグを叩きたくなる日があるように
今は、何かをメチャクチャに焼き尽くしたい気分だったのだ。
「依頼……そうですね……依頼……でございます……お金はあまり出せませんが……」
「要らんよ。あんたの傭兵をボコボコにした詫び代わりだ」
もともと、報酬というものにあまり興味がない。
こちらの厚意につけ込んでくるヤツが死ぬほど嫌いなのである程度は報酬を取るが、虫除けみたいなものだ。場合によっては無報酬でも仕事は請け負う。
「言っとくが、一般人に死傷者が出るようなことはやらんぞ」
「そ、それはそうでございます……怪我人など出そうものなら、炎上を超えてテロでございますゆえ……」
「…………」
怪我人が出まいと放火はテロだろと思わんでもない。
だが……時期的にも時間的にもクロンダキアに人は少なく、万一のことがあっても、迷宮内に大量に配置されたコールドゴールド社の警備ゴーレムが観光客を速やかに救助するだろう。
今ならきっと、割合安全に、焼ける。
なら、もういいんじゃないか。
「わかった。俺の裁量で進めていいなら、クロンダキアの炎上を請け負う」
完全に自棄になっている自覚はあったが、ここで自重しても気分が晴れるわけじゃない。何かあったら冷静になってからなんとかすればいいだろう。
「大変……重畳にございます……」
少女はぺこりと頭を下げた。
「自己紹介がまだでございました……わたくしのことはフランクローネとお呼びくださいませ……」
「俺は……そうだな、鳩とでも呼んでくれ」
俺は適当な偽名を口にした後、【地味な布】を腕に巻き、クロンダキアを見上げた。
天を衝く巨木。これだけ巨大なものを完膚なきまでに焼き尽くせば、少しはスッキリもするだろう……。
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