第三話 古森での邂逅

「くだらない」


 不満が、溜め息のようにこぼれ出る。

 いわれのない侵略を受けた国を守ってほしいと依頼され、わけのわからない政治ショーで退場させられる。まったく馬鹿げた話だ。


 前金と現物報酬を受け取って追っ手が雑魚なら割の良い仕事だ、と他の傭兵なら言うだろうが、俺が傭兵をやる理由は報酬じゃない。


「俺はただ、自分が満たされるものを、知りたいだけなのにな」


 飢えていた、渇いていた。

 けれど、何をすれば満たされるのかがわからない。


 生まれつき、価値観も感情も人並みとはいえなかった。


 それでも悪を憎む心は人並みにあったから、弱きを助け強きをくじくように行動してきた。


 でも、それは視界に入ったゴミをゴミ箱に運ぶような義務感に近い。

 やる意義は感じても、楽しいわけではないのだ。


 どうすれば飢えが消えるのか、渇きが癒えるのか、そのヒントも得られないままに、戦場を追い払われてしまった。


 ……気分が悪くなってきたので意識的に思考を切り替える。今から、どこに逃げるべきか。

 今まさに滅亡しそうなB国から追手が来るとは思ってないが、少なくとも事の顛末が報道されるまでは隠れておいたほうが無難だろう。


「……やっぱ、潜伏するならダンジョンか」


 あそこはどの国の法も及ばない。身を隠すにはうってつけの場所だ。


「はぁ……」


 ため息をつきながら懐から装飾過多の小さなスレイベルを取り出して、鳴らす。


 二級特異物【呼ばれ鈴コールフォワード】は、同じく二級特異物【呼ばれ呼び鈴コールレスポンス】の設置された地点へ飛ぶ移動用の特異物だ。

 B国から特別に貸与された品で、高層ビルがいくつか建つほどの金額だった気もするが、裏切ってきた国にわざわざ返す気にはなれなかった。


 コールドゴールド社という迷宮観光業者が【呼ばれ呼び鈴】をあちこちの迷宮に設置しているため、行き先の選択肢は多かった。

 その中から四級迷宮【世界樹の古森】を選んだことに深い意味はなかった。なんとなくイメージ的に、潜伏するなら森かと思っただけだ。


 スレイベルを乱雑に振る。澄んだ音が空間をゆがませたかと思うと、次の瞬間、俺は地面を覆いつくす綿のようにふかふかしたコケに着地していた。


「【迷宮ダンジョン】に来るのもだいぶ久しぶりだな……」


 前方にぼんやりと見えるあまりにも巨大な大樹を見上げながら、ひとりごちる。


【迷宮】。それは、百年前に突如としてマントルの中に発生した無数の巨大な泡。

 伝説の冒険団【カーテンコール】のクオンとマジョリオにより発見されたとされる、地球とは根本的に異なる環境と生態系を有する異界だ。


 迷宮から産出された特異物は文字通り世界を変えた。


 たった一発の弾丸が月を消し飛ばし、

 たった一滴の毒液が海を干上がらせ、

 たった一種の金貨が通貨を駆逐して、

 たった一つの天秤に戦争が管理される。


 そこはまさに、危険と夢が溢れる新たなるフロンティア……だった。


 迷宮が冒険の舞台だったのはすでに過去の話だ。

 現在では、有用な特異物が産出される迷宮は力持つ勢力に占拠され、特異物がない、あるいは枯渇した迷宮はスリリングな観光地として消費されている。


 特にここ世界樹の古森は後者の典型だ。人の背丈よりも大きなどす黒いキノコや、強烈な蜜香を漂わせ蝶のように飛び回るハイビスカス、古ぼけた巨大なカーテンのように気根を空に向かって伸ばすイチジク、そして地球の木が小枝に思えるほど巨大な世界樹クロンダキア……。【異獣】と呼ばれる迷宮の動植物の中でもここの生息種はわかりやすく不思議な割に危険度が低く、人気が高いクオンとマジョリオの出会いの地だと言い伝えられていることもあって、ダンジョン観光業の黎明期には人気が高かった。当時は行けるダンジョンが少なかったことも相まって、一時期は連休の遊園地より人が多いとまで言われたほどだ。


 そんなクロンダキアだが、行ける迷宮も増えた現在、気温が高まるオフシーズンの今はとても人が少ない。俺にとっては好都合だ。人目を避けて潜伏するには最適の場所だろう……と、思っていたのだが。


「なぁオマエ、もしかして【硫黄燎原】か?」


 運が悪いことに、柄の悪い三人の男たちに絡まれてしまった。


「……B国の追手か?」


 だとしたら手が早すぎるが、その割には強そうじゃない。ゴーレム一体にボコボコにされそうな頼りなさだ。


「そっちは知らねぇ。こっちはF国の案件だ。オマエの首を持ってくれば二級特異物を複数いただけるって話、知らねぇか?」


 リーダー格の男の言葉に俺は驚いた。悪い意味でだ。


「……それめちゃくちゃ前にかけられた賞金だろ……多分もう無効になってるぞ」


 少なくとも賞金を懸けたやつはとっくの昔に死んでる。


「ハハハハ! 命乞いはもう少しうまくやるこったな!」


「……」


 さすがに、イラつく。

 真面目にやっていた仕事を訳のわからない理由で首になった矢先、とっくの昔に終わった件で絡まれる。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。


「心配すんなよ、暴れなけりゃあ苦しませず……だあああああああ!?」


 言い終わる前にリーダー格の男が叫びだす。服に火が付いていることにようやく気付いたのだ。


「ギャアアアアアアア!」


 柄の悪い男たちはあっという間に全身火だるまになって、倒れ伏し、やがて動かなくなる。

 ……服は燃え尽きて灰になったが、肌に大した傷はない。


「熱自体は抑えた。精々水ぶくれが出来る程度だ」


 気絶している男たちにそう言い捨てる。熱は控えめに、痛みだけをそのまま残した炎はこういう制圧の時は本当に役に立つ。


 これが凶悪犯なら一息に焼くところだが、さすがにこんな連中を焼くほど殺しのハードルは低くないのだ。


「はぁ……」


 ため息が出る。

 物凄く手加減して制圧したせいで、まったく気分が晴れない。

 数年に一度くらいのストレスで頭が痛くなってくる。何かをメチャクチャに破壊してしまいたい気分だ。


「……はぁ……」

 もう一度ため息。

 クソみたいな気分を抱え、その場を立ち去ろうとしたその時。


「これは……どういうことでございましょう……?」


 尻を晒す全裸の男三人を見て、その少女はかすかに怪訝な顔をしていた。

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