第二話 首になった傭兵

 今でこそ世界樹放火魔として世間に晒されてしまっているが、今から遡ることほんの一時間前まで、俺はある国に雇われ戦場の最前線に立っていた。


 A国――今の地球で国はアルファベット一文字で表される――による、B国への侵略戦争。大儀らしい大義もない、領土欲だけで行われたらしい大侵略。

 それに対抗するべく雇われた三人の傭兵の一人が俺だった。


「これでやっと打ち止めか」


 黒焦げになった地面から立ち昇る薄い煙。折れて砕けて燃えた木々の残骸。そこら中に散らばる破壊された機械の残骸。

 かつて豊かな森林地帯だった面影などどこにもない戦場跡で、残敵がいないこと確認した俺はカニに似た巨大な兵器の残骸に腰掛ける。


 この森林地帯は背後に鉄道のハブがある北部の要所で、敵に抜かれてハブが破壊されると非常にまずい。だからこういう残敵確認はある意味戦闘よりも大切なのだ。

 ……そんなところに傭兵の俺一人しか配置されていないのはどうかと思うが、他の方面の戦況は非常に悪いと聞いてるから何も言えない。


「俺はいいが、俺以外の全てがヤバいのはどうにかならないもんか……」


 B国は決して弱いわけではないが、A国が強すぎる。A国の開発した新兵器が尋常ではないのだ。

 侵略開始時点では通常戦力に大きな差はなかったはずだが、今では正面からのぶつかり合いではまず勝ち目がないほど戦力差が開いている。最終的に俺が守る森以外占領されてしまうんじゃないかと思うほどだ。


「……いや、そういえばB国政府のほうでなんか妙な動きがあるとか聞いたな」


 躁鬱が激しい馴染みの傭兵がそんなことを言って騒いでいたことを思い出す。もしかしたら、このげんなりするジリ貧を打開する作戦が発動されようとしているかもしれない、と思った。


「新情報がないか聞いてみるか。今話せるか…………と」


 情報端末で、噂を流した張本人の傭兵に連絡を取ってみる。

 数秒後、


『ムリー……なんか首になっちゃったよ(´;ω;`)』


 と返信があった。


「は?」


 予想もしていなかったメッセージに顔をしかめた、そのとき。


「アリルナハト、君は首だ」


 前方に突然出現した光の扉を開き、偉そうな男が俺の前に現れた。


「ゴーン……」


 B国防衛大臣、ゴーン。B国の政界で一年前に頭角を現し、今や最高幹部の一人に数えられている男が、目の前に立っていた。


「……冗談に付き合ってる暇はない。今流行りのダンジョン配信でもして遊んでたらどうだ」


「暇になるのは君のほうだよ」


 憎まれ口を叩いた俺の前に出されたものは、国王印の押された正式な解雇の通知書類だった。


「私は、この戦争を終わらせるために動いている」


 ゴーンはそう言って、自身の地位を誇示するかのように胸の勲章を手で弄った。


「国民は、このいつまでも終わらない戦争に嫌気が差しているんだ。そしてその戦争に寄生する傭兵を憎んでいる。だからね、ここで全部終わらせるんだよ」


「……バカなのか? 今まさに国へ攻め込まれてるって時に傭兵との契約を切るなんて聞いたこともない。奴らの新型兵器は強い。こんな状態で傭兵の首を切ったら戦線は3日保たないぞ」


 俺しかいないこの地帯を敵が悠々と抜け、鉄道網を掌握。こちらの輸送はマヒして相手は侵略に最適なルートを手に入れる。展開としては最悪の部類だ。


「これっぽっちの土地くれてやればいい。侵略する方も悪いが、武器を持って戦いを長引かせるのも良くない。まずは停戦、それが第一だろう?」


「本気で言ってるのか……?」


 それは、強盗に押し入られた家主に抵抗するなと言うようなもの。正気じゃない。


「戦いが終わったら、話して、遊んで、酒を酌み交し、仲良くなって問題を解決する。それだけの簡単なこと。

問題の解決に武器なんていらない。人と人の関係こそが抑止力だ。抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力ということが今から証明されるんだ」


「嘘だろ……」


 それしか言葉が出てこない。

 頼むから金目当ての偽平和主義者であってほしいとさえ思う。

 これを素面で言っているなら、生まれてくるべきじゃないほどの頭の悪さだ。


「所詮、戦いを飯の種にする傭兵風情にはわからないか」


 ゴーンの顔には明確な嘲りが浮かんでいた。


「そして申し訳ないが……君は、戦争犯罪者ということになった」


 そうせせら笑うゴーンの背後で、ボゴボゴと、セミのように地面から這い出たのは石と土で出来た巨像だった。


 アースゴーレム……ダンジョンのもたらした技術によって製造された、B国の戦術兵器だ。


「見舞金は多めに出そう。家族が居るのならの話だが」


 このゴーレムにはEMETEの文字という原義のゴーレムが持っている弱点もなく、原形がなくなるまで破壊しなければ止まらない。

 ダンジョンから産出される特異な性質を持つ物品、【特異物】の二級に相当し、戦車の一小隊に匹敵するとされている。A国の新兵器には及ばないが極めて優秀な兵器だ。


 それが数十体も現れた。一つの地方を攻め落とすだけなら十分な戦力だろう。


 舐めやがって。


「……なぁ、どうして俺が【硫黄燎原】なんて呼ばれてると思ってる」


 右手、手の甲に刻印された一級特異物――【焼結佳人アイドライズド】の封印を解く。


 瞬間、硫黄色の炎が俺の体からほとばしり、座っていた兵器の残骸が焼けて蕩けて崩れ去る。                                                                                                                                                       


 放射状に硫黄色の濁った炎が戦場跡を嘗め尽くしていく。残骸を燃やし、燃え残りを燃やし、灰を燃やし、形あるものの全てを焼き尽くす。残されるのは、黄炎の草原とでもいうべき火の海だけだ。


「本当に、本気で、この程度で、俺を倒せると思ってるのか?」


 炎にまかれてなお平静を保つゴーンの回答は一言。


「やれ」


 ゴーレムたちが、炎天下のチョコレートのように溶け落ちながらも、健気にこちらへ突進してくる。


「降参するなら早めにしてくれ。正直あんたを殺さん自信がない」


 雑に、先頭のゴーレムを前蹴りで蹴り飛ばす。


 水音交じりの破砕音。音速を超えた巨体がきりもみ回転で吹き飛び、飛び散っていく。


 左右から挟み込んできた二体のゴーレムには、炎の高波をぶつけて瞬時に蒸発させる。


 さらに一体のゴーレムに回し蹴りを浴びせ、頭部を木っ端微塵に破裂させる。


 ふいに、俺の後方から数十体のゴーレムが出現した。伏兵のつもりらしい。


「舐めやがって……」


 俺は前方の集団に牽制の炎を浴びせつつ背後へ向き直り、空に向かって手を掲げた。掌から炎が湧き出し、頭上で球形に凝縮されていく。


 黄炎を圧縮した十万度近い炎の結晶。すさまじい輝きを見せるそれを、新手のゴーレム群に向かって撃ち放つ。


 着弾する遥か前から原形をとどめない程に溶けていたゴーレム群の中心で、炎の結晶は空間を齧り取るように膨れ上がった、その後には無しか残っていない。


「……わけのわからない理由で首を切られることといい、

 わけのわからない理由で戦争犯罪者扱いされることといい、

 わけのわからない理由で国を危険にさらすことといい、

 腹が立って仕方ないんだが、さすがにこの苛立ちをぶつけるくらいは許してもらえるんだろうな」


 振り返ると、半分以上残っていたはずのゴーレムたちは、手足が焼け落ち、うごめきながら燃え尽きるだけのガラクタになっていた。


 ……ゴーンの姿は既にない。もとより、逃げるまでの時間を稼ぐ捨て駒だったということか。


「悪知恵だけは働くのか。最悪だな」


 言い捨てて、炎を消し、歩き出す。高熱を浴びてガラス化した地面が、不自然な音を立てて砕けた。

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