82.物語に繋がらない祝福
カラミンサ公国との国境を警戒するホスタ王太后ユーフォルビアは、思わぬ客に驚きを隠せなかった。攻め込んでくると思っていたのに、使者が送られてきた。その人物が顔見知りだったのだ。
「すごく久しぶり、いつまでも綺麗だね」
笑顔で挨拶するのは、カラミンサ公国の宰相だった。幼馴染みとして一緒に育ち、ある日突然別れることになった。兄でもあり初恋の人でもある。
王太子の婚約者に望まれたユーフォルビアの、身辺を綺麗にするため両親が仕組んだ。兄のように慕い、仲良くしてきた幼馴染みと引き離された彼女は、その後王妃となり、今回の騒動に巻き込まれた。
隣国から訪ねてきた幼馴染みの姿に、涙が溢れる。泣いている自覚がないユーフォルビアの頬が濡れ、カラミンサの宰相アジュガは困ったように眉尻を下げた。
「泣かないでくれ、僕の愛しい白うさぎ」
色白で大人しく、本を読むのが好きだった。そんな彼女を、白うさぎに例えたのはアジュガだ。可愛いと褒め称える彼は、ユーフォルビアの婿候補として引き取られた。にもかかわらず、王族との婚約が持ち上がった途端、不要だと実家に帰された。
兄が継ぐ予定の家に居場所はなく、アジュガは居心地の悪い実家を捨てて単身、カラミンサへ渡ったのだ。留学した先で才覚を現し、あっという間に出世街道に乗った。
「だって……私、あなたにひどい、こと……」
客間で応対するユーフォルビアは、人目を気にする余裕を失っていた。侍女や騎士がいるのに、幼い頃の言葉遣いが出る。微笑ましげに受け止め、アジュガは肩をすくめた。
「君がしたのではなく、ご両親の決断だ。僕は君の支えになれなかったが、代わりに権力を得た。今なら、役に立てると思うよ」
役に立たなくてもいい。ずっと一緒にいたかった。秘めていた感情が溢れて、ユーフォルビアは止まらない涙を手の甲で拭う。差し出されたハンカチを受け取り、顔に当てたら恥ずかしくなった。
いい年して……少女みたいな振る舞いをした。彼は隣国の使者で宰相なのに、私だって子供もいる王太后で。
「カラミンサ公国として、ホスタ王国に攻め込む気はない。友好関係を結ぶ提案に来たんだよ。どうだろう、君と僕が再婚するというのは」
「は? え……?」
間抜けな声が漏れ、慌てたユーフォルビアは鼻を啜る。再婚? 私と、あなたが?
「カラミンサ公国には、嫁がせられる年齢の公女がいない。現ホスタ王には妻がいる。となれば、王族で配偶者がいないのは、君だけだ。公国でも宰相の地位にいる僕なら、釣り合うかと思ってね」
公王に提案した。からりと明るい口調で、初恋の人が手を伸ばす。思いがけない幸せの到来に、ユーフォルビアは頬を染めた。
この会合から一年後、二人の結婚による同盟が締結する。どの物語にも記されない、脇役同士の幸せは周辺地域の安定をもたらし……予想以上に祝福された。
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