81.身柄の引き渡しと自首
心象を良くするために、コルジリネには自首してもらうことにした。その前にアスカと知識を擦り合わせてもらう必要がある。
離れに集まった三人は、アスカと向かい合っていた。
「コロナリアという名称に心当たりは?」
「ないなぁ」
うーんと考えながらも、すぐに返答がある。何か思い入れのある単語ではないらしい。だが、未来の国名として使用するなら、何らかの関係があるはず。
コルジリネは名前の話に切り込んだ。アスカが聞き取りにくいのか、発音しにくいのか。こちらの世界に来てから、「アスターと呼ばれている。その話を深掘りした。
「何度も、アスカって訂正したんだ。でも数回呼ぶと、アスターになってる。呼びづらいのかな」
軽く考えるアスカと違い、カレンデュラは不安を覚えた。これって、ラノベ特有の強制力? ティアレラも似たような考えは浮かぶが、この世界でアスターという名前が一般的ではないと眉を寄せる。
アスターが普及していれば、アスカを聞き間違えたり、似た名称と勘違いして呼ぶ可能性が高まる。だが、アスターという名前は聞いたことがなかった。セントーレア帝国でも同様だ。コルジリネも耳にしたことがなかった。
「セントーレア帝国でも、一般的ではないのに、なぜ……」
「セント・レーア?」
びくりと三人は動きを止めた。その表現は、コルジリネの思い出せた数少ない固有名詞だ。独特の響きを口の中で繰り返したアスカは、にっこり笑った。
「セントーレア、よし、覚えたぞ」
じっと見つめたあと、コルジリネはカレンデュラに提案した。
「アスカは、私が預かろう。一石二鳥だ」
最愛の婚約者の周辺から、邪魔な男を引き剥がせる。セントーレア帝国で調べれば、アスカからさらに情報を引き出せる可能性が高い。おまけで、カレンデュラとの文通が増える。二鳥というより、一石三鳥だった。
「いいわ。任せます」
アスカはきょとんとしたままだが、隣国の皇太子が招待すると説明され、大喜びした。異世界に来たばかりで、まだわからないことだらけ。特別なチート能力もないので、困っていたと笑顔で話す。
良い人間関係を築ければ、将来的に帝国を滅ぼされる危険性も減るだろう。しばらく滞在予定だったアスカは、荷造りに向かった。その隙に、カレンデュラは念押しする。
「この騒動が片付かないと、結婚が遅くなるわ。リクニス国が滅びると家族や友人が困るもの」
「安心してくれ。私も力を貸す」
未来の皇妃の実家が潰れるのも外聞が悪いし、他の貴族につけ込まれる要因だ。加えて、自国を滅ぼすかもしれないアスカの保護は重要事項だった。荷造りを終えたアスカを連れ、コルジリネは渋々馬車に乗り込む。
「カレンデュラ」
「どうなさった……?!」
乗り込む直前に振り返って呼ばれ、近づいたところで唇を奪われる。頭の後ろに回した手で引き寄せられ、カレンデュラは目を見開いたままキスを受けた。ぼやける距離のコルジリネが、満面の笑みで「またね」と言い残して離れる。
走り去る馬車が見えなくなる頃、カレンデュラの顔が真っ赤になり……倒れかけてティアレラに支えられた。
「早く私も帰りたいわ、シオン」
婚約者に縋るような言葉を、溜め息に混ぜて吐き出したティアレラは、友人を横抱きにして屋敷へ足を向けた。
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