76.情報収集でつかんだ手がかり

 上から下まで観察するティアレラの隣で、カレンデュラは言葉による探りを入れた。


『あなた、どちらからいらしたの』


『日本だよ』


 けろりと答える青年は、満面の笑みで近づく。護衛を兼ねるティアレラが、さっと間を遮った。


『デルフィニューム公爵令嬢よ、それ以上近づかないで』


 日本語のまま牽制する。きょとんとした後、青年はまた頬を指で掻いた。癖のようで、無意識に出る所作らしい。ひどく子供っぽく見えた。


『公爵令嬢、そんでお隣は?』


『辺境伯家の嫡子よ』


『うわぁ、めちゃくちゃお貴族様だな。この世界では、僕はただの平民で、アスカだ』


 話が長くなりそうと判断し、カレンデュラがレストランの一室を手配した。個室のため、日本語で会話をしても目立たない。往来で誰も知らない言語で会話をしている姿なんて、噂になるわ。彼女の言い分に、アスカもなるほどと頷いた。


 カフェを選ばなかった理由が、この個室だ。案内された部屋は従者の控え室も用意され、しっかりとした扉がついていた。護衛の騎士が扉の前に立ち、三人で中に入る。が、念の為にほんの少し扉を開けた。


『この国でよく見る、その扉を開ける習慣って、何のため?』


 日本語だからか、アスカはタメ口だった。咎めようとしたティアレラをカレンデュラが止める。何か物語絡みかもしれないし、積極的に喋らせるつもりだった。察したティアレラは文句を呑み込む。


『未婚の男女が密閉された部屋にいると、醜聞になるのよ。スキャンダル、わかる?』


 醜聞に首を傾げるので、わかりやすく言い直した。頷いたアスカは運ばれた茶菓子を頬張る。


『悪い、腹減ってて』


『構わないわ。アスカはこのリクニス国に現れたの?』


 きょとんとした後、どうして転移だと思ったのか尋ねられた。ティアレラは理路整然と切り返す。


『そっか、染めた髪毛がプリンかぁ』


 金かけてたのに、まいったな。ぼやく姿は、どこにでもいる高校生だった。実際はもう少し年齢が上かもしれない。観察を続けるティアレラをよそに、アスカは一方的に話し始めた。


 夏休みの終わりにキャンプへ行き、友人が摘んだキノコを食べる。楽しいはずの娯楽が一変したのは、食後一時間もしない頃だ。激しい腹痛と嘔吐、下痢を経て……気づいたらこの世界にいた。森の中でぽつんと一人、


 一緒にキャンプをした友人がどうなったのか。この世界にいるかもわからず、探しているそうだ。そこで懐かしい日本語が聞こえ、大喜びで話しかけてしまった……顛末を聞けば、まだ来たばかりの新人だった。


 貴族階級もよくわかっていないし、この国がリクニスとも知らない。ほとんど知識がないまま、野良馬を見つけて旅を始めた……そこで眉を寄せた。


「野良馬なんて、そこらにいた?」


「街道なのかな、道に出たら人が死んでて馬が残ってたんだよ」


「それは野良じゃなくて、未回収じゃないの」


 呆れたと溜め息まじりに額を押さえたティアレラ。途中で言葉が戻っていることにも気づかない。


「ところでさ、アスカは発音しにくいのかな。この世界だとアスターに聞こえるみたいで……っ!」


 部屋の空気が一変した。

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