72.呪われているのかしら
手紙を書いていた手を止め、カレンデュラは報告を受けた。使者を案内したティアレラは、鍛錬後の汗を流してドレス姿だ。そんな二人に告げられた内容は、衝撃的だった。
「あの子は呪われてるのかしら」
ビオラ誘拐の連絡を受け、カレンデュラは顔を覆って溜め息を吐いた。義父母のラックス男爵家から届いた安全確保の手紙が、くしゃりと握り潰される。安心したからこその言葉に、ティアレラも苦笑するしかなかった。
「先日は人違いでしたけれど、今回は未遂なのですね」
「ちょっと油断しすぎなのではなくて?」
ビオラへの悪態をついているように見えるが、二人は心の底から心配していた。明日のお茶会の予定は変更にする、と書いた返信を持たせる。男爵家の使者は恐縮しながら、手紙と一緒に持たされたお茶菓子を運んでいった。
「お見舞いだから、花も持たせた方が良かった?」
「平気だと思います。どちらかといえば、花より団子タイプですよね」
「……そうね」
少し考えて、ティアレラの表現に納得した。花より団子なんて、日本人じゃないと通じないわ。カレンデュラはくすっと笑い、気持ちが楽になるのを感じた。
「ありがとう」
「どういたしまして。彼女に護衛をつけましょうか」
辺境伯家の騎士か、公爵家から見繕うか。迷いながらティアレラが提案するも、カレンデュラは別の案を提示した。
「公爵家で匿っても、誘拐犯が迎えに来たのよ? こうなったら神殿に預けるのが一番だわ」
聖女の肩書きはまだ生きている。その上、恋人は神官だった。多少の寄進があれば、神殿の奥で匿ってもらえるだろう。ビオラも恋人がいる神殿なら、安心できるし退屈しないはず。
「いいですね。提案してみます」
「ええ、お願いね」
今のカレンデュラは忙しすぎる。代わりに手配や連絡を担当すると申し出たティアレラの言葉は、本当に有り難かった。甘えることにしたカレンデュラは、書きかけの手紙に目を落とす。
婚約者コルジリネへ向けて記した内容を読み直し、さらさらと続きを綴る。それから予定外の紙を一枚増やした。ビオラの誘拐未遂の情報を付け足す。目を通して誤字脱字の確認し、封筒に入れて蝋を垂らした。
「この蝋の色、綺麗ですね」
「作らせているのよ」
特注なの。にこりと笑うカレンデュラは、含みを持たせた言い方を選んだ。複製防止かな? 見当をつけたティラレラは首を縦に振る。デルフィニューム公爵家の影響力を考えれば、封蝋の細工は多岐にわたるだろう。偽物を区別するための仕掛けは、幾つあってもいい。
「私は辺境伯家でよかったわ」
前世が男性だったティラレラは、己の生まれた場所に感謝した。多少がさつでも、剣術に夢中になっても、辺境伯家の嫡子という立場のお陰で、かなり自由にさせてもらえた。女性に生まれた衝撃は、生後数年で消えている。
「そう? 私は逆よ。辺境伯家の嫡子なら、生き残れる気がしないもの」
お互いに望ましい場所に生まれた幸運を噛み締め、微笑みを交わした。
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