73.聖女誘拐未遂の裏で
聖女の肩書きは、リクニス国では形骸化している。神様のご利益を少し分けてもらうお守りのような、気軽に接する存在だった。だからだろうか。ビオラが狙われた話に、危機感を覚える者は少なかった。
「私はね、エキナセア神聖国が犯人じゃないかと思ってるの」
カレンデュラはティアレラとお茶を飲みながら、そう切り出した。周辺国で聖女を必要としているのは、神聖国くらいだ。その読みは、ティアレラも同意見だった。セントーレア帝国、ホスタ王国、カラミンサ公国。三つの国もリクニス国と同じで、宗教と政が分離している。神々を祀ってはいるが、そもそも一神教ではなかった。
前世の日本と同じ多神教で、どの神の神官かなど気にしたことがない。宗教に傾倒すれば、詳しくなるのだろう。神官として仕える者も妻帯に許可は不要で、自由に恋愛を楽しんだ。その意味で、戒律が厳しく一神教のエキナセア神聖国だけが浮いている。
「でも、先日聖女もどきを捕まえたんでしょう? もう一人必要な理由……何かしら」
「逆に考えて。聖女だと思って捕獲したら、人違いだった。そう気づいたなら?」
ティアレラの表情が険しくなる。囚われたネモローサが聖女ではないと、上層部に伝わった。本物を確保しろと命じられる様子が、ありありと浮かぶ。
「教皇が亡くなったことで、聖女派が強くなった可能性もありますね」
「聖女派が一気に勢力を増すため、教皇派を蹴落とそうと聖女を求めた……こっちの案もありそうよ」
貴族令嬢のお茶会に相応しくない会話に、思わぬ人物が合流した。
「どちらも遠からずだな。新しい情報だ」
リッピアを連れたクレチマスが、手紙を差し出す。すでに開封された封筒を受け取り、カレンデュラは目で合図を送った。読んで構わないと頷くクレチマスに、ティアレラも隣から覗き込む。
席に着いたクレチマスとリッピアに、新しいカップとお茶が用意された。香り高いお茶を楽しむ間に、二人は目を通した手紙を封筒に戻す。テーブルの上に置いて、すっと押し戻した。
「聖女派は本物だと思い、ネモローサを確保した。けれどビオラが本物と知る新興派が、それを否定して帰国したことをバラす。教皇を失ったばかりの教皇派にとって、聖女派の台頭は避けたい状況だった。だから聖女を排除しようと動く……これが現実だ」
一気に説明され、二人は同時に溜め息を吐いた。深く長い息は、それだけ呆れと苛立ちを含んでいる。
「最初の聖女捕獲連絡は、聖女派の勘違い。今回のビオラ誘拐未遂は、教皇派の暴走?」
「でも、どうしてすぐに殺さなかったのでしょう。その方が簡単なのに」
リクニス国ではただの男爵令嬢だ。聖女の肩書きで、多少は有名でも貴族の養女に過ぎない。迎えの馬車の中で殺せば、後腐れがなかったのに。ティアレラの指摘は残酷だが、真理をついていた。
「ラックス男爵令嬢の名声を利用しようとなさったのでは?」
ほとんど声を発しないリッピアの発言に、三人は目を見開いた。
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