66.花の名前じゃないかな

 ティアレラは手にしたペンで、さらさらと記憶にある物語の断片を記す。カレンデュラは本当に目を通した程度で、ほとんど覚えていなかった。普段読む小説とジャンルが違うので、読み流したのだ。亡くなった有名人の作品だから……程度の感覚で手に取った。


 内容が重く、また途中で主人公や登場人物がごっそり入れ替わったため、興味が続かない。友人と話を合わせるため、最後まで義務的に読んだだけだった。その点、ティアレラの方がきちんと読んでいる。


 同作者の別作品のファンだった。超大作ばかり書く作家にしたら、短編と呼べる長さの小説を偶然読んだ。その際に気に入ったのだ。短編と表記するのも憚られる三冊にわたる小説は四十万文字を超えていた。それでも、この作家にしては最短に分類される。


『確か、こんな感じ』


 参考になれば、とそちらの作品も書き出した。神々と人間の確執を描いた作品で、ギリシャ神話の世界観に近かった。ただ舞台は宇宙で、SF分類だ。ややこしい小説だが、コアなファンが多いことで知られている。


『こっちは知ってるかも』


 神話小説の方に、ビオラが反応した。あらすじを読んで気になり、ネットでネタバレを検索したらしい。クレチマスは心当たりがないと首を横に振った。


 カレンデュラは、手元の紙を裏返して大陸の国家名を書き始めた。


 リクニス国

 ホスタ王国

 セントーレア帝国

 エキナセア神聖国

 カラミンサ公国


 少し離れた場所に、コロナリア国と記した。じっと眺め、共通点がないか探す。この中に、コロナリア建国記に出てくる国家が、一つでも含まれていないか。疑いながら見れば、二部の軍事力強化の帝国がセントーレアに当て嵌まる気がした。


『セントーレアが二部の帝国だとしたら……』


『あれ、これって宿根草の名前ばかりですね』


『多年草というやつか? 確かに、聞いたことがある名称ばかりだ』


 呟いたカレンデュラに、ビオラが思わぬ指摘をする。元農家のクレチマスが、その話に頷いた。六十歳を過ぎた頃、コンパニオンプランツという概念を知った。


 とうもろこしの間に枝豆を、トマトの根元にバジルを植える。害虫が防げたり、栄養素を補い合ったり、互いにプラスになる効果を発揮した。畑に利用できないかと、ハーブの効能などを調べた際に覚えた。ハーブ類は基本的に、多年草が主だった。


『多年草、宿根草……』


 手掛かりになるかしら、とカレンデュラが追記する。その手元を眺めるビオラが首を傾げた。


『記憶違いかもしれないけど、リクニス・コロナリアって一つの名前じゃなかった?』


「は?」


「え!?」


 クレチマスとティアレラが妙な声をあげ、カレンデュラは目を見開いた。今となってはネット検索で調べることはできないけれど……何かを掴みかけた、そんな気がする。

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