65.超大作の最終章

 登場人物が多いことで有名な作家だった。数えきれないほどのキャラクターが現れ、死んだり離別していく。出会いと別れを繰り返すため、泣き別れ作家と呼ばれた。


 彼の代表作であり、遺作ともなった『コロナリア建国記』は、複雑な物語だった。まず主人公が途中で変わる。三人の主人公が登場するも、三世代の物語ではなかった。赤の他人の物語が三部作として繋がる。


 最初の主人公は、巨大な軍事大国を築いた。その国は周辺国を呑み込み巨大化し、数世代後に滅ぼされる。大国に吸収された小国の王子が、次の主人公だった。彼は軍事を強化した帝国を興す。だが周辺国に攻め込むことはしなかった。


 己の両親が殺された時のトラウマのように描かれたが、実際は違うとカレンデュラは考える。なぜなら、トラウマになったのなら軍事力を強化した国を建てる必要がないからだ。


 周辺国に攻め込まなかったのは、最初の大国が大陸の国々を平定した後だから。もう滅ぼす他国は残っていなかった。自分が殺されないよう軍事力を強化し、僅かに残る小国は国力差が大きすぎて叛逆しない。これをもって二部が終了した。


 数百年後、大陸は再び国家が乱立する混迷の時代を迎える。帝国も代替わりする間に領土を削られ、やや大きな国として残る程度だった。近隣国でさまざまなトラブルが起きる。その騒動の中を生き抜いた若者が、最後の主人公だ。


 いや、もしかしたら四部があったのかもしれない。三部の途中で作者が病死し、物語は宙ぶらりんで途絶えてしまった。


『心当たりはこの物語の三部なの。状況がすごく似ているわ』


 ざっと読んでいるが、登場人物の名前まで覚えていない。ただ三部で少年の建国するコロナリア国の名前だけが、タイトルとなって記憶に焼きついた。カレンデュラの主張に、物語を知らないビオラとクレチマスは首を傾げる。


『現時点でコロナリア国はないと思うわ』


 ティアレラは慎重に返した。今後は不明だが、カレンデュラが思い当たると言うなら……共通点が多いのだろう。前世の記憶を辿りながら、細部まで思い出せないことに苛立つ。


 覚えている限りの情報を書き出すことにして、二人は紙に日本語で記録していく。手持ち無沙汰のビオラは、新しいパンを持ってきてジャムをべったり塗った。クレチマスは質問するために、気になる点を拾い上げる。


『三部の主人公の名前とか、わからないの?』


 書き上がったあらすじの紙に目を通しながら、ビオラが核心をついた。ぱっと顔を上げたカレンデュラが眉を寄せて考え、ティアレラは目を閉じてしまう。二人とも思い出そうとして失敗したようで、首を横に振った。


『覚えていないわ』


『全然、出てこないの』


 不思議なことに、まったく思い出せない。響きも文字数も、何も浮かばなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る