64.心当たりのある物語

 お茶菓子ではなく、軽食が用意された。サラダやハム、卵はそれぞれ盛られている。その横に数種類のパンが積まれた。壁際にビュッフェのように並んだ料理から、よい香りが漂う。


「給仕は不要よ、下がっていいわ」


 カレンデュラの指示で、侍女が全員退出した。最後に確認した執事が一礼し、扉をきっちりと閉める。男女二人きりにならない上、剣技ならティアレラが一番強いだろう。護衛もいらないと判断されたようだ。


「好きなように取って食べましょう」


 カレンデュラはどこか楽しそうな声で告げ、さっさと席を立った。続いたのはビオラ、ティアレラ。最後にクレチマスが続く。


 リッピアは客室で待機だった。可哀想だが、この部屋にいても日本語がわからない。それならと、お気に入りの恋愛小説が並ぶ部屋をリッピアに開放した。カレンデュラの予想以上に、リッピアは喜ぶ。侍女もつけたので、不自由しないだろう。


「こういう形式って、あまりないのよね」


「夜会の料理はこんな感じでしょ?」


 うきうきするカレンデュラに、ビオラは首を傾げた。先日初めて参加した夜会は、壁際に料理が並んでいた気がする。


「あれは給仕係がいて、取ってくれるのよ。自分で好きな量を取れるわけじゃないの」


 ティアレラは砕けた口調で説明する。その間も、せっせと手元の皿に料理を盛っていた。山盛りサラダの上に、ハムがこれでもかと載る。絶妙なバランス感覚で、皿を傾けて運んでいった。


「食べ過ぎじゃないか?」


「ちょっと! レディに対して失礼よ」


 クレチマスの呟きに、ビオラがむっとした顔で抗議する。面倒なのか「悪かった」とあっさり降伏するクレチマスは、パンの横にスクランブルエッグだけを載せた。よく見れば、ジャムの瓶を手にしている。


 食べ物の好みがよく出た皿を前に、カレンデュラが口火を切った。


「今回は来てもらって助かったわ。以前、日本の話をしたじゃない? 物語が全部少しずつ当て嵌まるけれど、もしかしたら全部違うのではないか、って」


 そこまで説明する間に、長細いパンに切れ目を入れてハムと卵、サラダを彩りよく詰め込む。ホットドックに似た形状の軽食を、ぱくりと噛んだ。貴族令嬢らしからぬ所作だが、日本人同士、誰も指摘しなかった。食べ終わるまで話が中断する。


「確かに全部が少しずつなのよね……クロス……なんだっけ? コラボみたいな感じ」


 ビオラはバターとジャムだけのパンを齧る。山盛りバターに、驚いたティアレラの目が釘付けになった。


「先日思い出したのよ。別のお話でかなり近い物語があるわ」


 一口目を食べ終えたカレンデュラは、紅茶で喉を潤して微笑む。唇の端に残ったトマトソースを、行儀悪く指先で拭った。


『コロナリア建国記、誰か知ってる?』


 伝記に近い硬い文章で、若者より年配者受けする物語だった。有名小説家が合間を縫って書き綴り、三十五巻まで発行される。未完で亡くなったため、結末は誰も知らない。その意味で、話題になった小説だった。


『タイトルくらいは』


 ビオラが正直に答えると、クレチマスも同じくと倣う。ティアレラはしばらく考え……ぽつりと呟いた。


『私は読んだわ』

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