44.張り詰めた糸を狙う襲撃

 各国の重要人物が他国に散らばる状況は、滅多に起きることではない。


 国内で代替わり騒動が起きたばかりのホスタ王国の王妃が、リクニス国に滞在中。セントーレア帝国皇太子は、婚約者を訪ねた帰りでまだリクニス国内を移動していた。リクニス国の第一王子が廃太子となり、第二王子がエキナセア神聖国との国境へ向かう。


 形骸化したとはいえ、聖女の肩書きを持つ少女が、王侯貴族の支援物資を届けにエキナセア神聖国内におり……問題の神聖国は内紛中だ。通常では考えられないほど、世界は危険に晒されていた。


 どこかの王族が害されれば、その時点でバランスが崩れる。絶妙なギリギリの糸は切れ、各国が自国の利益を追い始めるだろう。ここまで切迫した状況を、カレンデュラは地図に書き込んだ。上から俯瞰するように眺め、口元を緩める。


 この世界が置かれた現状が強制力によるものなら、物語が絞れたかもしれない。ペンを手に手紙を認め、それぞれに封をして発送させた。と同時に、地図を日記帳に挟んで鍵を掛ける。さらに錠のついた引き出しにしまい込んだ。


「お嬢様、王宮からお手紙でございます」


 侍女から受け取った封筒を開け、中の手紙に目を通した。封筒の透かし紋章で、差出人は分かっている。ホスタ王国の王妃殿下に申し出た面会への返答だった。


「着替えを準備して。王宮へ上がります」


 王妃ユーフォルビアが滞在するのは、あと数日間。その間に、確認したいことがあった。用意されたドレスに袖を通し、髪を結って化粧を直す。父に出掛ける旨を伝えると、一緒に王宮へ向かうことになった。


 国王フィゲリウス陛下は、いろいろと足りなかったかもしれない。だが悪化しないよう、自分なりに手を打ってきた。少なくとも、民に対し増税などの愚策を行わず、どうにか国を治めてきたのは事実だ。若い頃の失態が、今も尾を引いているだけ。


 ようやく決着が着いたところに、新しい火種は不要だった。馬車の中で向かい合わせの父娘は、何も言葉を交わさない。だがカレンデュラの扇が開いては閉じ、パチンパチンと音を響かせた。


 普段なら行儀が悪いと叱る場面だが、父オスヴァルドも組んだ腕を指先で何度も叩く。互いの状況を指摘する心境ではなかった。


「賊です! 馬車からお出にならぬよう……くっ」


 忠告する随行の騎士が、途中で言葉を切って歯を食いしばる。金属音が重なり、攻撃を受け流したのだと知れた。王都のデルフィニューム公爵邸と王宮は、さほど離れていない。馬車で三十分ほどの距離だった。


 途中まで街が広がるものの、王宮自体は林に囲まれている。その区間に入った途端、襲ってきたらしい。状況を判断し、カレンデュラは座っていた椅子の座面を外した。


 弓矢、剣、盾が入っている。流石に鎧はないが、最低限の武器は常備していた。


「お父様は?」


「ある」


 ぽんと己の腰を叩き、立てかけていた剣を帯に装着した。その姿を見たカレンデュラは、外の様子に耳を澄ませた後で剣を選択する。すらりと引き抜いた剣の鞘を床に残し、慣れた様子で柄を握った。


「デルフィニューム公爵家は全員戦えましてよ!」


 叫びながら馬車の扉を蹴飛ばした。

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