43.危険を排除するための忙しさ
近い将来、婚家となるセントーレア帝国から来た迎えに、婚約者は渋い顔で応じた。そんな顔をするものではないわと
「ホスタ王国のユーフォルビア王妃殿下に、面会の申請をして頂戴」
執事に命じ、屋敷の自室で手紙を書く。届ける先は、聖女として隣国へ赴いたビオラだった。当たり障りのない挨拶と、追加支援のリスト。最後に無事戻るのよと私信を添える。これなら誰が見ても普通のお手紙よね。事前に決めたキーワードはまだ早かった。
使うべき言葉を、必要な時に送る。簡単だけれど、策略で一番難しいことかもしれない。カレンデュラは封筒に小さな栞を入れた。次の支援物資と一緒に運ぶよう、侍女経由で命じる。これで下準備は終わり。仕掛けが動き出すのを待つばかりだった。
少しばかり急ぎ過ぎだ。カレンデュラも自覚があった。もう少しゆっくり進めてもいい。物語の強制力がどう働くか分からなくても、自分の足元は固め終えた。複数の物語のどれがこの世界でも、ホスタ王国を隣国の位置に据えてやり過ごす。
危険なのは、物語の基盤部分がそっくり引っ繰り返ること。どの物語でもない、別のストーリーが存在したら? 誰も知らない話に翻弄されてしまう。
「お嬢様、お休みのところ失礼いたします」
ティアレラが来たと聞き、急いで階下に降りた。コルジリネの見送りの後で着替えなくてよかったわ。軽やかな足取りで客間へ入ると、ティアレラは一人だった。侍女がもてなしの紅茶や茶菓子を置くのを待って、退室してもらう。女性同士だから問題にならない。
「突然、申し訳ございません。国境付近が騒がしいので、一度領地に戻るつもりです。ご挨拶に、と思いまして」
「まあ、わざわざありがとう。手間を取らせて申し訳ないわ」
国境付近と濁しているが、エキナセア神聖国の動きを探るためだろう。ビオラとの伝令を考えても、事情を知る者が近くにいれば有難い。カレンデュラは「わざわざ」の部分を強調して伝えた。
カージナリス辺境伯領まで、馬を飛ばして一日半の距離だ。馬車ならもっと掛かる。彼女が馬車で戻らないのを承知の上で、手間を取らせる状況を労った。あなたの労力はきちんと理解している、と示すために礼を口にした。
伝わっていると確認し、互いに笑顔で紅茶を味わう。
「ところで……タンジー公爵家はどうなさるのかしら」
「ご令嬢のリッピア様を危険に晒すわけにいかないと、ご子息のクレチマス様が一緒に王都に残られるそうです」
「では公爵閣下が単独で戻られるのね」
「それが、第二王子殿下が同行なさるとか」
思わぬ情報に、カレンデュラの手が揺れる。ソーサーに置くところだったカップは、動揺を示すように音を立てた。
「失礼……ユリウス殿下が?」
「ええ、あのユリウス第二王子殿下ですわ」
ティアレラの口角が上がる。弧を描いた唇が小さく音を吐き出した。日本語で届けられた情報に、カレンデュラは目の前の茶菓子を一つ摘まむ。口元へ運ばずに半分に割り、片方をソーサーに残した。
「ご武運をお祈りするしかありませんわね……『死にたいのかしら』」
本音で紡いだ日本語に、ティアレラは目を細めて小首を傾げ……何も答えなかった。
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