45.使えるフリは役に立つ
先に飛び出したカレンデュラの背を守るように、父が続く。大きな剣は、すでに鞘が払われていた。
「なんたること! 閣下とお嬢様を戦わせるな」
公爵の側近でもある騎士が声を張り上げる。周囲の騎士は意味を取り違えて、おう! と気合を入れて応じた。主君を戦わせるなど、騎士の恥と受け取ったのだ。
本当の意味を知るのは、公爵家の家族と一部の側近のみ。徹底して隠した秘密が暴露されてしまう。これは一度しか抜けない、伝家の宝刀だった。
守るべき二人が馬車を降りたことで、円陣を組んだ騎士が形を整えた。本来、騎士とは前に出て戦う者ではない。先陣を切るのは兵士、要人警護は騎士、衛兵は治安維持が役割だった。円陣を組み、間を抜かれぬよう守る体勢に持ち込めば、騎士に勝る戦力はない。
じりじりと敵が追い詰められる。手を出せば傷を負い、時間稼ぎをされたら敗走確定だった。ここは王宮が近く、すでに騎士の一人が伝令に走っている。すぐに援軍が駆けつけるだろう。
敵の様子を観察するカレンデュラはおかしな点に気づいた。盗賊にしては身なりがいい。武器も錆びておらず、手入れが行き届いていた。周囲にうろつく馬も奇妙だ。
訓練をされた騎士の馬は、戦闘中でも距離を置いて待機する。だが、盗賊が使うのは略奪した家畜だった。家畜の馬は、剣の打ち合う音や血の臭いに敏感だ。危険を感じたら逃げるはず。
騎士の馬は鞍に飾った布で判断する。デルフィニューム公爵家を示す青い布がない馬が、なぜ留まっているのか。カレンデュラは安全な円陣の内側で、しっかり観察した。
「ふむ、どうやら見覚えのある顔が混じっておるようだ」
デルフィニューム公爵オスヴァルドは、わざと大きめの声で告げた。お前らの正体に心当たりがあるぞ、と。顔色を変えた数人が飛び掛かるも、円陣の騎士に叩きのめされる。
「ご存知ですの?」
「ああ。第一王子派の貴族が連れていた騎士がそれ、こっちは王宮で見た」
人ではなく物として指差して示す。無礼も非礼もない。相手は公爵家に弓引く賊で、礼儀など不要だった。倒された仲間を諦め、逃走しようとする賊は全部で片手ほど。残りは倒れている。
カレンデュラとオスヴァルドの会話が終わる頃、円陣を組んでいた騎士が動き出した。円陣を小さくし、半数は倒れた賊の捕縛に動く。
「構わん、追え」
オスヴァルドの命令で、円陣を維持しようとした騎士達が愛馬を呼び寄せる。口笛や名を呼ぶ声が響き、あっという間に飛び乗った。逃げた方角は街がある。人混みに紛れる前に捕まえる必要があった。
見送ったカレンデュラは、鞘から抜いた剣を下ろして溜め息を吐く。戦わずに済んでよかったと、心の底から深い息が漏れた。構えこそ立派だが、カレンデュラに剣術の心得はない。
幼い頃から構えと素振りのみで、実践経験はなかった。公爵令嬢なら、剣など触れる必要はない。身を守る目的で、それなりの月日握ってきたため、構えだけは立派だ。バレずに済んだことにほっとしながら、騎士に剣を手渡した。
「こういうのは、ティアレラの方が得意よね」
苦笑し、ドレスの裾を直して馬車に乗るカレンデュラ。事情を知る公爵は娘の度胸の良さに感心しながら、鞘に収めた剣を馬車に持ち込んだ。御者が馬や馬車の安全を確認した頃、ようやく応援が王宮から届く。彼らを護衛にして、公爵家の馬車は王宮へ到着した。
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