17.皇太子と悪役令嬢から

「私から行こう」


 コルジリネは、淡々と読み上げる。


「井上拓真、長野県に住んでいた。最後の記憶は二十六歳だ。死因は覚えていないが、平成が終わる話をしていたな。おそらく平成も最後の頃だ」


「平成って三十年までだった?」


「四ヶ月だけ三十一年があったぞ」


 ビオラの疑問に、クレチマスが答えを返す。ふーんと感心する横で、ティアレラが平成三十年没と記載した。よく見れば、紙の裏に比較表を作っている。あとで確認しやすいよう、彼女なりの工夫だろう。


「赤子の頃から前世の記憶があり、幼い頃は自重を強いられて大変だったな。物語だが……特に心当たりはない。小説やアニメは興味がなかったんだ」


 流行の物語のタイトルなら、聞いたことがあるかもしれない。付け加えられた情報に頷き、ティアレラはバツ印を残した。


「では次は私ね」


 カレンデュラも紙に記した内容を読み上げる。


「高宮紗代子、東京在住の大学生よ。平成二十五年に事故で他界。ありきたりの転生のお話みたいに、トラックじゃないの。歩いていたら、マンホールの蓋がなくて……墜落死でしょうね」


「うわっ、痛そう」


 顔を顰めて気の毒そうに呟いたのは、ティアレラだ。


「それがね、亡くなった時の記憶がないのよ。落ちたのは確かで、ああ、失敗したと思ったのよね。歩きスマホは本当に危険だわ」


 歩きスマホで前を見ていなかったと白状し、カレンデュラは肩を竦めた。


「赤ちゃんの頃に記憶が戻って、お母様の胸に吸い付くのに抵抗が出て困ったわ。これって転生に分類よね」


 わかる、そんな顔でコルジリネが同意する。赤子の頃に大人だった記憶があると、いろいろ恥ずかしい。もちろん、異性であるコルジリネの方が羞恥は強かっただろう。


「この世界の物語は『婚約破棄で結構ですわ』のつもりでしたわ。知っている展開と違うので、困惑していましたのよ」


「あ、そのタイトル知っています! ざまぁ系小説ですよね」


 ビオラが手を挙げる。勢いよく語り出した彼女は、自称ヲタクだったらしい。異世界転生が大好きで、特に悪役令嬢物をたくさん読んだと言う。興奮して身振り手振りで語り出した。


 どのキャラの仕草がカッコいいか、など脱線していく。ヲタク語りが熱いビオラの話を要約すると、婚約破棄された悪役令嬢が奮闘する物語。


 悪役令嬢は自分を捨てた王子に未練はなく、他国の皇太子に見初められて幸せになる。その過程で、自業自得により王子とその恋人が不幸になる。悪役令嬢は家族を連れて他国へ移住、元祖国を追い詰めた。


「悪役令嬢のスペックと前世チートがすごくて、めちゃくちゃ人気出たんです。コミカライズの予定があったんですけど、発行される前に私も死んじゃったんで……」


 その後の展開はわからない。続編の予定もあったようだと付け加えた。


「続編もコミカライズも、知らないわ。告知も見た記憶がないもの」


 購入して読んで好きだったが、そんなに追っていなかった。カレンデュラは驚いた様子で、ビオラの話に聞き入る。ここまでの展開を聞く限り、物語は現在の状況に近い気がした。

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