08.転覆ではなく座礁程度ね

「ところが、思わぬ暴走を始めた、と?」


 クレチマスはキツイ性格のようだ。言葉を飾らず直球で投げつけた。相手が国王や公爵であろうと、許せないと示す。


「なぜ婚約者を見つけて破棄することに必死だったのか、不思議ですね」


 カージナリス辺境伯家のティアレラの婚約者シオンは、首を傾げた。その間も、隣で目を閉じて考えているティアレラの髪を撫でる手を休めない。


「それも罠の一つだ」


 父の発言に、カレンデュラが続きをさらった。


「私に彼の悪意をぶつけさせたのは、すでに婚約者が決まっているから。騒がれても、瑕疵になりませんもの。周囲に波及したのは、阿呆にも思惑があったのでは?」


 頷いたデルフィニューム公爵が告げたのは、ミューレンベルギアの策略だった。国を乗っ取るため、母国から公爵令嬢を呼んで息子に嫁がせる。その計画を聞かされ、ローランドは考えた。


 淑女の鑑と名高いカレンデュラを退けるには、別の女性と婚約してしまえばいい。聖女のビオラなら元平民だから、騒動に巻き込んだ後でも簡単に捨てられる。男爵家程度、王家の圧力で黙らせたら問題ないと判断した。


 そこで表舞台にビオラを引き摺り出す。しかし彼女は婚約者がいる上、ローランドの暴挙に反発した。カレンデュラにも蔑まれ、慌てて周囲に被害を撒き散らしたのだ。ここまでは誰も予想しなかったらしい。


「なるほど。私と愛しの姫を巻き込んだ理由としては弱いが、わからなくもない……か」


 皇太子であるが故に、裏や先を読むことに長けたコルジリネは唸る。渋々納得するが、感情は別だった。


 国王としては確たる証拠もなく、ホスタ王国を糾弾して排除できない。だが乗っ取られるのは絶対に阻止なければならない。その状況で、自国の公爵令嬢と婚約した皇太子に助けを求めたら、弱みを握られると考えた。これが王女との婚約なら、頼ることもできただろう。だが姪では繋がりが弱い。


「難しい舵取りで転覆した形かしら」


「あら、ギリギリ座礁程度ではなくて?」


 容赦のないティアレラとカレンデュラの嫌味に、国王フィゲリウスは項垂れた。慰めるように肩を叩く父にも、娘はグサリと釘を刺す。


「お父様もお父様です。諌めるべきお立場のはずでは? 何より、巻き込んだ方々へのお詫びが足りておりません。しっかり補償と名誉回復をなさいませ」


 ぱちんと扇を畳んで叱る娘に、父は小さく「わかった」と返すのが精一杯だった。黙って利用される娘ではありませんと示したカレンデュラは、渋い顔の当事者達に向き直る。


「伯父と父が失礼いたしました。今後の処断はきっちりと、ええ……誰がみても納得する形で行いますわ。皆様の希望をお聞かせくださいね」


 被害者が望むのは、はっきりとした名誉回復とアレの処分。ついでに、嗾けたミューレンベルギア妃の処理もできたら、最高だ。その点は全員一致していた。


「なら一つ、芝居を打つのはいかがかしらね」


「我が姫はわざわざ水溜まりを踏みたがるのだな。濡れた靴を拭う名誉は譲ってくれるかな?」


 コルジリネ皇太子が放った遠回しの嫌味に、まぁと呟いたカレンデュラは微笑んだ。


「構いませんわ。抱き上げる許可も差し上げましてよ?」

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