07.罠を仕掛けたのだ

 ある程度事情を知っている大人はともかく、今回の阿呆王子の被害者は娘や息子達だ。ぼかした彼らの話に苛立ちを募らせた。


「端的に」


 むっとした口調で、クレチマスは先を促した。隣に腰掛けるリッピアは、心配そうに兄を見上げる。儚く清楚な花である義妹の髪に、愛おしそうに指で触れた。心配いらないと示したのだろう。


 婚約者同士の甘い一幕に、カレンデュラは目を輝かせた。まるで恋愛小説のようではない? そう囁くと、婚約者のコルジリネが同意する。ベタ惚れの皇太子は、愛しい華に反論する気はないようだ。


「すまん」


 詫びた国王が、続きを口にした。リンデルニア妃の死亡に関し、当初は誰も疑わなかった。だが偶然にも、王家の墓所に葬られた彼女の遺体を移動させる事件が起きる。王家の隠し通路が、外部に漏れたのだ。その事件で、墓所に作られた出口を塞ぐ騒動となった。


 棺を運ぶ際の不注意で、リンデルニア妃の遺体が人目に触れる。まったく腐らず、ミイラとも違う美しい姿のままで保存されていた。そこで毒殺が疑われたのだ。遺体を調べた医師は、毒の反応を報告した。


 毒の影響なのか、第二王子は病弱と発表されて離宮に隠されている。彼は元気に成長しているが、国王は証拠もないうちからミューレンベルギア妃を疑っていた。彼女が何かしたのでは? その疑惑が、忘れ形見の第二王子を守る力として働く。


 隔離された離宮であっても、第二王子は毒殺の危険に晒された。証拠がない以上、隣国との和解の証である妃を断罪できない。そこで、第一王子を王太子に指名した。


「罠を仕掛けたのだ」


 なんとなく先が読めて、うんざりした顔をしたのは四人。カレンデュラとコルジリネ、タンジー公爵と義息子クレチマスだった。こればかりは貴族教育の違いなので、他の関係者が気付けないのも仕方ない。


「王太子になれば、アレやミューレンベルギアが尻尾を出すと思った」


 病弱な第二王子の触れ込みを、ミューレンベルギアは信じた。なぜなら、幼い頃から毒を盛っていたから。その影響だろうと思い込む。


「母子、そっくりですのね」


 カレンデュラの強烈な皮肉に、ほぼ全員が苦笑した。ビオラも本当に、と頷く。男爵夫妻やビオラは「やらかしたこと」に対しての嫌味だと、公爵家や辺境伯家の面々は「性格が瓜二つ」と揶揄したと受け取る。


 勝手に思い込んで、自分に都合よく世界が動いてくれると信じている辺りが、本当によく似ているわ。公爵令嬢は本音を付け足すことなく、扇をひらりと動かした。先を促す所作に、今度はデルフィニューム公爵が口を開く。


「婚約者を定める夜会だと発表することで、母子の分断を狙ったのだ。まさか、あそこまで暴走するとは」


 予想外だった。娘であるカレンデュラに絡む程度だと考えて、父は決行する。あの阿呆が勉強していないのは知っていた。だから他国と違い従姉妹と結婚できない慣習を知らないはず。ホスタ王国では可能なため、公爵令嬢のカレンデュラが相手と、妃は思い込む。そう誘導した。


 ミューレンベルギアの意見でカレンデュラに絡み、その失態を責めて王位継承権を剥奪する。これで乗っ取りが阻止できる、計画はここまでのはずだった。








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