第15話 雨と血のにおい 後編 その9
秋水は見慣れない視界が嫌なのか、眼鏡を丁寧に外した。
「気持ち悪い……」
「そりゃ、そうだ。度の調節はしていないからねぇ……」
春平は少し考えて、目頭を押さえる息子に聞いた。
「お前、付け心地はどうだ?」
「そりゃ、いいに決まっているだろ? べっこう職人が一から作った逸品だ。悪いわけはないよ」
「じゃあ、やる」
その言葉に一同、呆気にとられた。
秋水、驚愕。
正行、意味不明。
権之助は唇を真一文字にした。
「あのさ、そんなの凄いの?」
「絶滅危惧種のウミガメの甲羅で作ったんだ。ネットオークションなら、下手すりゃこの眼鏡だけでも百万以上の値が付くぜ」
その言葉に正行は遅れて驚愕した。
「その眼鏡だけで百万以上……」
正行にとって眼鏡は高くても数万円のもので、それでも高嶺の花である。
人間、金に目を奪われれば理性を失う。
「爺ちゃん、俺も眼鏡欲しい!」
その瞬間、春平は正行に何かを弾き飛ばした。
慌てて顔面手前で取る。
「はい、反射神経も動体視力も視界も異常なし……お前には、まだ眼鏡は早い」
不思議そうな顔で手を開くと、古銭があった。
「和同開珎?」
「出土した江戸時代の悪銭だ。売っても価値はないぞ」
明らかに正行の顔には諦めと不満の表情が浮かんだ。
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