第14話 雨と血のにおい 後編 その8

 春平は眼鏡ケースを持ってきた。


 秋水を見ると、何か諦めたのか、畳に胡坐をかいてジト目で見ている。


『早く済ませろ』


 目が訴えている。


--まあ、こいつも人の子だったという訳か……



 若き日に日本を飛び出した息子は戦場で『霧の巨人』と恐れられたと聞いた。


 裏社会での人脈も豊富らしい。


 それが、数年前に戻ってきた。


「殺すのに、飽きた」


 そう言って自称「地元密着型厄介事引受人トラブルシューター」を名乗り始めた。


 同時期、傭兵時代の弟子という石動肇も合流。


 正行も半分好奇心で着いていくようになる。



 自分が成してきたことを考えれば、まともな選択と言えなくもない。


 ケースから眼鏡を出して、そっと秋水に掛ける。


「お?」


「似合っている?」


 親子だから当然だが、眼鏡が秋水にしっくりくる。


「……そうか?」


 己の顔の見えない秋水に権之助がポケットから小型の手鏡を出した。


 何度か眼鏡を上げ下げして、秋水は言った。


「やっぱ、若いころの親父に似ているなぁ」


「あー、確かに」


 権之助も頷く。


「でも、変な素材だね。眼鏡屋さんにあるようなフレームじゃないよ」


 正行は言う。


「べっこうだぞ」


 祖父の言葉に孫が首を捻る。


「べっこう?」


「べっこう飴を思い出せ……元々は亀の甲羅から作った素材だ。高かったんだぞ」

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