第10話 雨と血のにおい 後編 その4

 春平は、いつしかウトウトと微睡まどろんでいた。



 実に変なところにいた。


 体の上下左右の間隔がない。


 ただ、背中に泥のような糊のようなものが貼りついて、腕や足が動かない。


 何とか眼球ぐらいは動くので意識的に四方を見ると暗い。


--ここが死後の世界?


 地獄にしろ、天国にしろ、こんな地味さはなかったはずだ。


 なにより、動かないのが苦痛だ。


 小指ですら、ちっとも動かない。


 声も出しづらい。


 動こうと試行錯誤するが、動かない。


--服を脱ぐ


 靴さえ脱げないのだ。


 無理だ。


 そのうち、足元が光りだした。


 まばゆい光の柱。


 そこから、細くしなやかな腕が生えた。


 その時、あれほど動かなかった体が、腕が、手が、動いた。


 その細くしなやかな腕と手を求めた。



「じいちゃん!」


 その叫びで春平は瞬時に現実に引き戻された。


 目を開けると、運転席で車を運転していた孫が心配そうに自分を見ていた。


「あ……どうした?」


 正行は肩から力を抜いて言った。


「……家に着いたよ。いつのまにか寝ててさ、驚いた」


「そうか……心配をかけたな」



 ナディアは家の納屋に格納されていた。


 まずは、納屋を出る前に持って行った鎌やバケツを元の場所に戻す。


 と、納屋から出ると粉糠雨が降っていた。


「そういえば、これから豪雨になるんだ。早く、家に戻ろう」


 正行の提案に異存などはなく頷いて、飛び出すように納屋を出て、母屋に向かった。


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