第2話 エラト空襲

 70年前、ミステリアは戦争に巻き込まれた。フランキシアとは別にイスティシアを武力で統一しようとした国が、目障りな存在を排除するために攻めてきたんだ。


 その時、一番の脅威だったのが爆撃機だった。遥か空から大量の爆弾をバラバラと落としていって、街を破壊していく暴力を前に、空軍は苦戦を余儀なくされた。戦争自体はミステリアの勝利に終わったものの、軍はこの問題に真剣に取り組まなければならなくなった。


 ところで、爆撃機というものは、ただ空中から爆弾を落とすだけが攻撃手段だと思われているが、今は違う。今の爆撃機は多数のミサイルを抱えて、こちらの対空砲が届かない距離から一方的に吹き飛ばすのが主流なんだ。


 そして、その攻撃はミステリアの西半分に降り注いだ。あの時ほど恐ろしい事はなかった。あんな攻撃を受けてよく、我が国は勝てたものだよ。


・・・


聖暦2024年9月13日 ミステリア本島南西部 ゲヘニア州イスティナ郡 港湾都市エラト


 ミステリア最大の島であるミステリア本島は、大きく分けて五つの州で構成されている。うち西部に位置するゲヘニア州は、東にトリニティア州、スティクス内海を挟んで南にオデュセイア州、スエズ海峡を挟んで西にミスル州と隣り合う形となっている。その州を構成する郡の一つがイスティナ郡である。


 その南部、小島に囲まれた巨大な入り江そのものを港として利用する港湾都市エラトは、連邦海軍の主力が一つである第2艦隊の母港である。その上空には無数の爆撃機が飛来し、港湾施設や停泊中の艦船に向けて攻撃を仕掛けてきていた。空軍や海軍航空隊の戦闘機が迎撃する最中、主翼下と胴体兵器倉より次々と空対艦ミサイルが放たれ、港に降り注いでいく。


「対空戦闘、市街地に流れ弾を飛ばすなよ!」


「いざという時は敢えて食らえ!市街地がミサイルで吹き飛ばされるのを防げるのなら満足できる被害だ!」


 港湾に停泊中だったにも関わらず、空軍レーダーサイトからの空襲警報を受けて艦艇の多くは抜錨。ガスタービン機関であるが故に直ぐに動き出し、迫りくる敵機に対して迎撃戦闘を繰り広げていた。


 うち、東側の別の入り江。そこに錨を降ろしていた筈の巨艦はゆっくりと進み、島を盾にしながら移動していた。敵爆撃機が遠くからミサイルを放ち、地上を攻撃してきている様は艦橋からも良く見えていた。


「やれやれ…わざわざここまで出張って来るとは、連中は随分と欲張りな様だ」


 戦艦「キヴォトス」の艦橋で、艦長のイノグチ大佐は呟く。主戦場より遠いとはいえ、ミステリア連邦は東イスティシア連合FEIからの要請を受けて援軍を派遣しなければならない。故に全ての艦船に対して即応体制を取る様に指示が下されていた。でなければ始動に時間のかかる蒸気機関を採用するこの艦が直ぐに動けるはずもない。


「だが、このまま逃げている訳にもいかん。敵はどう動いている?」


『CICより艦橋、敵編隊の一部は港湾部へ接近しつつあります。予想進行ルートからして、海峡に機雷を敷設する部隊の様です』


 かつて、軍港エラトとは難攻不落の異名とされた事があった。しかしそれは100年前の戦艦が相手の場合である。波一つない穏やかな入り江を作り上げる島々の間に開けた海峡は狭く、機雷数個で容易に封鎖する事が出来るからだ。そしてこれまでの戦いでフランキシア軍は、FEI軍の海上戦力をその手段で撃破していったのである。


「対空戦闘、1機残らず撃ち落とせ!」


『了解。SAM、照準!敵は既に目視圏内だ、艦砲も準備しておけ!』


 CICに詰める副長の命令一過、艦橋上部とメインマストを挟むM79射撃指揮装置が迫りくる敵爆撃機へ電波を照射。光学射撃用カメラもズームし、敵機を正確に照準する。


『SAM、発射!』


 命令一過、2本の煙突の間に設置されたM76ミサイル垂直発射装置VLSから『オークM』艦対空ミサイルが発射。20キロ先の目標に向けてマッハ2で飛翔していく。敵爆撃機はチャフやフレアを撒きながら回避を試みたが、無駄な足掻きに終わった。


『撃墜2、命中2!距離1万8千!』


『副砲、撃ち方はじめ!』


 次いで、M72・54口径12.7センチ単装砲が火を噴く。毎分45発の連射能力を持つ4門の速射砲から連続で砲弾が放たれ、敵爆撃機の周辺を黒い花で埋め尽くす。不運にも直撃弾を食らった機が火だるまになって墜ちていき、海面へと激突。巨大な水柱を生じさせていく。洋上では少なくない数の艦船が被弾し、市街地からも複数の黒煙が立ち上っていたが、それでも抵抗は続いている辺り、訓練通りに迎撃出来ている様だった。


「敵爆撃機、撤退を開始しています。「ユニコーン」より緊急発艦した艦載機が追撃を開始した模様」


「まぁ、護衛機抜きで仕掛けてきたからな。とはいえここまで攻め込まれた以上、反攻作戦は当分先になりそうだな…艦隊の被害状況は?」


 イノグチの問いに対し、通信士はメモを読み上げる。


「巡洋艦「アッカド」、「サモス」が被弾し、大破。駆逐艦もミサイル攻撃を被弾し、3隻が大破着底したとの事です。現在、沿岸警備隊の警備船が消火活動と救難活動に当たっています」


「本艦もそれに加わるとしよう。29年前の先輩達が如何なる貢献をしたか思い出せ」


「了解!」


 指示を出し、イノグチは空を見上げる。目前をF-5C〈スパロー〉艦上戦闘機が1機、轟音を奏でながら通り過ぎ、彼は艦長帽を振って見送った。


 この日、フランキシア空軍はミステリア連邦西部の主要な軍事拠点を空爆で無力化する『鉄の嵐作戦タンペット・デ・フェール』を実施。48機もの戦略爆撃機を投じた大規模攻撃により、連邦軍は二つの港湾に被害を被り、10隻以上の艦船が無力化された。


 被害は市街地にも及び、死者・行方不明者は2万人に至った。連邦全体にて交戦派は勢いづき、政府は直ちに対応策を取らざるを得なくなったのである。

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