第5話 おっと?

 原作主人公の名はレックス。


 レックス・グレノーヴァ。

 それがフルネームである。


 ゲームのシナリオライターいわく、このゲームはこの主人公のために作られたゲームなんだそうだ、そして主人公はレックスでなくてはならないと言われていた。

 ライターはこの主人公の成長過程をプレイヤーには見せたかったそうだ。

 実際この主人公の成長は凄かった。

 特に精神面での成長は著しく見事なのだった。

 俺ですらゲームが終わった時にはここまで立派な人間になるのか、と関心するほどだった。(ファンの間では終盤のレックスは「覚醒レックス」とか「レックスさん」などと呼ばれて序盤のレックスとは別人扱いされていた)


 しかし……だ。


「おい、聞いてんのか?お遊戯会」


 今現在のレックスは俺のことを嘲笑うように言ってくる。


 今はこんなことを言っている。

 この後レックスは襲撃によっていろんなものを失い、そこで気持ちを入れ替える。

 そのあとのレックスなら好意も持てるんだが……現状はこれだ。

 好きになれる要素なんて微塵もない。

 むしろ、ウザイだけのクソキャラ。


 さっさと死んで欲しいとすら思うし、俺の前から消えて欲しい。

 なんなら今すぐにでも殴りたいくらいだ。


 あっ、そうそう。

 そういえば、この世界に来たらやりたかったことあるんだよね。


 それが、このキャラをぶん殴ること。

 だが、いきなり殴るのはさすがの俺も躊躇してしまうものだ。

 というより、こいつとは関わらないのがベストだと思う。だから俺はこれから徹底的に無視しようと思う。


「俺には関わらないでくれ。レックス(それがお互いのためだ)」


 こいつの前から歩いて去ろうとしたのだが。

 黙って行かせるほどこいつの性格は出来ていない。

 それなら初めから俺には絡んでこないし。


「まぁ、待てよ。お遊戯会」


 パシっ。

 俺の手を掴んでくる。


 その顔はまるで「面白いおもちゃを見つけた子供」のようだった。

 こいつの目から見たら努力している俺はバカにしていいような人間に見えるのだろう。

 そして、俺の事を馬鹿にしたくて我慢できないのだろう。


「今ここでやってくれよお遊戯会の練習をさ。保護者のみんなが見てくれてるぜ?はーやー……ぶべっ!」


  訂正!

 やっぱり殴るわ!


 俺はレックスの顔にストレートをねじ込んだ。


 全力を込めて鼻の骨を砕くような勢いでぶん殴る。

 実際、メキョッと変な音が鳴っていた。


 食堂の時が止まる。

 一見平和に見えていたこの食堂内に暴力が出てきたからだ。

 戦闘兵はもちろん。

 教官すらも俺たちのことを静観している。

 どいつもこいつも驚きで声が出ないといったような表情をしている。


「ほごっ!」


 レックスは席からずり落ちた。


 いきなり殴られると思わなかったのだろう。

 周りのお仲間も反応が遅れていた。


「じゃあな」


 周りが混乱している中俺はさっさと食堂を出ていくことにした。

 このまま勝ち逃げする魂胆である。


 レックスは現状を理解すると歯を食いしばり、なにか言いたそうにしていたけど。

 俺はなにか言わせる前に食堂を出た。


 バタム。

 食堂の扉を閉めて、しばらく歩くと


「すー……」


 深呼吸。

 そして、声を上げて笑った。


「あははははは!!!やった!やってやったぞ!」


 いやー、爽快だ。

 見たかよ。あの顔。


 ざんまぁあぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあ!!!!


「喧嘩売る相手を間違えたなぁ。あいつ」


 愉快!愉快!実に愉快っ!


 今日はいい夢が見れそうだなぁ!


 俺が高らかに笑いながら宿舎に向かおうとしていたら……


「少しいい?」


 背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこにいたのは……


(シエルさん?)


「どうしたの?今から宿舎に向かうつもりなんだけど」


 そう言ってみたら……。


「スカッとした」


 そう言われた。


「え?なにが?」


「レックスを殴ってくれて、ありがとう」


 ぱちぱち。

  まばたきする。


 え?殴って感謝されるの?


 殴ったの、君の幼なじみなんだけど?

 まさか、ただ欲望のまま生きてるだけなのに感謝されると思わなかった。


「昔からガサツだったんだよね、あいつ。殴ってくれてありがとう」


 なんて返せばいいんだろう?


「どう、いたしまして?」


 でいいのかな?


「このまま他人の痛みとか分かってくれる人間になってくれたらいいんだけどね」


 ちなみに、このままストーリーが進めばそうなる予定ですよ、奥さん!

 原作通りにストーリーが進むことを祈りましょう!俺が壊すのはチュートリアルだけです。


「それは、そうと」


 シエルが俺の目を見てきた。


「なんだろう、この不思議な感覚」

「なにが?」

「キミを見ていると胸がドキドキしてしまう」


 不整脈じゃないっすか?

 病気かもしんないっすよ。

 それ、やばいかも。


 なんてこと思っていたら宿舎の前までやってきていた。


「じゃ、俺はこれで」

「うん、また明日。君の顔を見れることを楽しみにしてる」


 うーん。


 これは、気のせいだと思うけど。

 シエルの顔が完全に恋する乙女のようになっていた気がする。


 まさかとは思いますけど。

 俺のこと攻略対象だと勘違いとかなさってないですよね?


 俺はただのモブですよ?


 あなたには原作主人公のレックスと結ばれてもらわないと困るのですが。


 困るんですが?

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