第4話 原作主人公は最悪だ


 シエルは空席を指さした。

 俺とミーナの対面にある席だった。

 先程まで人がいたのだが、シエルが来る少し前に空いた場所だ。


「座るね」


 シエルは席に座った。

 どうやら俺たちともう少し会話したいようだった。

 とは言え、現時点でそんなに語ることはないので、訓練の内容について感想を言い合うくらいだった。

 俺としてはもう少し踏み込んだ話とかもしてみたかったんだけど、俺はモブだ。

 あんまり関係を深めすぎるのも良くないかな?っていう気持ちもある。


 この後のストーリー展開にどんな影響が出るかも分からないし。

 俺が全く知らない展開になられても困るしね。

 特にチュートリアルまでは正常に始まって欲しい。


 俺は慎重だからね。


 シエルは俺たちと軽い会話をしながらもキョロキョロと周りを見ていた。


 恐らくだけど人を探してるんだろう。


(そういえば見ないなあいつ)


 シエルが探しているのは原作主人公だ。

 名前はレックス。


 原作でもよく探している描写が見られた。

 ちなみに俺が見た感じこの食堂内には原作主人公はいないっぽい。

 どこで何をしているのか知らないが序盤のレックスはDQN気質である。


 そのため、教官や周りの人間はいつも振りまされていた。

 今もそうなんだろう。

 いつまでも食堂に来ないレックスを教官が探しに言っていた。


 まぁ、そんな奴だから俺は関わりたくないな。


 正直言って俺原作主人公嫌いだし。


  つーか、そんなやつとくっつかされるシエルがかわいそうだよなぁ。

 不憫すぎる。


 俺はシエルの心情を理解できるがミーナはそうではない。

 シエルの挙動が気になったようでこんなことを聞いていた。


「どうしたんですか?キョロキョロして」

「あぁ、幼なじみを探していて」


 俺の思った通りだった。


 その時だった。

 食堂の扉が開く。

 そこから金髪の男が入ってきた。


(やっときたのか)


 原作主人公レックスだった。

 レックスが教官に連れられて食堂に来ていた。


 レックスは暴言を吐きながら席に座っていた。

 相変わらずのDQNぷりだな。

 こんなのと幼馴染のシエルには同情したくなる。


 しばらく見てるとレックスは近くにいた奴に絡んでた。


「おまえ、なに俺のこと見てんの?」


「なにも見てないです」


「見てたよな?見世物じゃねぇんだけど?」


 って絡んでる。

 絡まれた方に同情したくなる。

 だって、ちょっと目が合っただけでこれだもん。

 しかも、とうぜん声をかけてだけでは終わらない。


「この俺様を不快にした罰だ」


 とか言って殴ってる。

 理不尽だ。


 とは言え、助ける義理もないし俺はだまって食事を続ける。助けたりしたら今度は俺が絡まれるだけだしな。

 今回は運が悪かったと割り切ってもらおう。


(それから絡まれてる側も学習するべきだよな)


 ああいうのに絡まれないようにするにはとにかく視線を合わせないことだし、いないものとして扱うべきだ。

 ってわけで、俺はあんな奴シラン。無視だ。徹底的に。


 今のレックスはまったく主人公のように見えないが、一応このあと成長する。

 しかし成長するまではずっとこれだ。

 終わってる。だから、俺はレックスが嫌いだ。


 成長後は前のギャップと合わさってユーザーからの評判は意外といい。

 でも、本質はヤンキーが心を入れ替えたようなもんだ。

 初めから真面目な奴の方がいいじゃんっていう。


 とにかく原作の主人公があんなのだし、あんなのに俺は幼なじみのカレンを渡したくない。だから、カレンを守れるようになるためにも必死に今は修行に打ち込んでいるわけだ。


 と、話がそれてしまったな。


 シエルに目を戻す。


「あいつはまた、あんな言いがかりをつけているのか」


 呆れていた。


 まぁ、気持ちはわかる。


「ひどいね、あれは」


 同意してみる。


「でも、きっと根はいい奴なんだ。だから、私があいつを支えないといけない。まともな道を歩けるように」


 なんてことを言いだした。

 やはり、原作通りレックスの肩を持つらしい。


 それにしても複雑だな。

 原作ファンとしてはレックスに対しての思いを、シエルが一貫させていて感動したりするんだけど。


(ほんとに、あんなDQNのなにがいいんだか)


 それだけは分からないから複雑な心境だった。


 折角だしちょっと聞いてみようかな。


「ねえ、シエル。俺とレックス、どちらかの味方にしかなれないような状況になった時。どっちの味方になる?」


「レックスだよ」


 案の定の答えだった。


 やはり、レックスへの愛情はそれだけ強いみたいだな。


 そこでミーナは俺の脇腹を軽くつついてきた。


「私はいつでもアルマくんの味方ですからね。安心してください」


 っぱ、持つべきものはヤンデレミーナちゃんかっ!


「ミーナには死ぬまで俺だけの味方でいてほしいな」


「うん、アルマくん。死ぬまでいっしょだよ。来世でもいっしょにいようね」


 ほんとうに、愛が重いなキミは!


 だが、俺はこのとき知らなかった。

 現状、俺にいっさい懐く様子がないシエルが。

 この後俺にひたすら尻尾を振るようになることを!



 数分後ミーナは立ち上がった。

 どうやら食事が終わったようだ。


「じゃあね。アルマくん、また明日♡」


 そのままトレーを持って返却に向かっていこうとしていた。


  しばらくして俺も食事が終わった。

 ミーナと同じように立ち上がった。


 食堂を出ていこうとすると……


(うげっ……まだ、食べてるのかこいつ)


 進行方向に原作主人公がいることに気づいた。

 奴はまだ食事中だった。

 頭の悪そうな知り合いに囲まれて楽しそうに食事中だ。


(関わりたくねぇ)


 目を逸らす。

 このまま横を何事もなく通ることができたら俺の勝ちだ。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 向こうは俺に気付いたようだった。


「おい、お前」


 声をかけてきた。

 にやにやしてる。


「なに?」

「さっき森の中でひとりで剣振り回してたけど、あれはなんだ?お遊戯会の練習か?」


(見られてたのか。しかもお遊戯会?バカにしてるのか?)


 向こうは笑ってた。

 でも、俺の顔からは完全に余裕とか、笑みとかっていうものが消えた。


 なんというか、俺の中でやはりこいつのことは好きになれないと確信した瞬間だった。

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