第3話 星渡りのカナディアンシチュー
「ここら辺は、夜は冷えますから、これなどいかがかしら。お口に合うかどうか」
老婆ナディアは、ハーブとチーズがかぐわしい、カナディアンシチューを出して、サントスとエミリーをもてなした。ノルウェーではあまり見かけない料理だが、
その味は素朴で、安心する味だった。特にラム肉は丁寧に処理されており、臭みがない。ホワイトソースも濃すぎず、薄すぎず。ローリエの香りがまた食欲をそそる。
「はあ…」
あまりに不可思議だったので、言葉が出てこないサントスたち。そこで老父ショーンが切り出した。ショーン氏は…ナディア夫人もだがあの星屑と同じ、オレンジ色の瞳をしている。
「あれは『星屑の鯨』。実は我々もあの鯨と同じ種族でして」
「え?でも、どう見ても人間のご夫婦…あ、これ美味し」
シチューに舌鼓を打ちながら、まずはエミリーが尋ねる。
「我々はこの地球ができる前から、遠い銀河を泳いでこの星に辿り着きました。我々のいた星々は、この星のような文明こそありませんが、我々はいろいろな力を持っております」
「天候を操り、磁場を狂わせ、空を舞い。この星の人間の姿に擬態するのは朝飯前ですよ」
驚く二人。ということは、
「じゃあ、あなた方は宇宙人と言っても…?」
「差し支えありませんな」
笑顔を絶やさず返答する、老人ショーン。人類が誕生するはるか昔から、彼らはこの星で生活していたのだ。ショーンの言葉の後に、ナディアが続ける。
「とは言ったものの、この星は我々の種族には小さすぎます。実はこの星の周りで数多くの同志が泳ぎ続けておりまして。千年に一度、交代で地上に降りてるのですよ」
「私たちには千年という時間は、それほど大した時間ではないのです。お分かりの通り、交代の時期が来たのです」
しかし、よくよく見るとショーンたちは困った表情をしている。それをサントスは見逃さなかった。相談に乗るように、彼は老夫婦に語り、尋ねる。
「…何かお悩みでもありそうですね?どうしたんですか?」
「今、飛来して来たあの子は幼子ですな。成体ならあの3倍は体が大きいはず…」
「この星に降りたとき、両親とはぐれた様ですね…困ったわ…」
渋い顔の老夫妻。その時、湖面が一際、輝いた。すると、もうそこには鯨の姿は無かった。そして入口の扉が開くと、一人の少女が立っている。この子が先ほどの鯨が人間の姿になったもの。
肩まで伸びた銀色の髪に、老夫婦と同じ、引き込まれそうなオレンジの星屑色の瞳。かなり衰弱しているようで、意識もうつろだった。老夫婦は暖炉の前に椅子を用意し、彼女を座らせる。
「おなか…すいた…」
「おお、こっちへおいで。つらかったろうなぁ、まずはお食べ」
すると少女は、出されたカナディアンシチューを勢いよく平らげ、涙を流す。よほど美味しかったのか、おかわりよろしく、皿を出して、二杯目もあっという間に平らげた。
「…お父さん…お母さん…どこぉ…?」
「我々の泳いでいる宇宙空間には、食物がありません。同志たちは、もう何億年と食事を取っていない者がほとんどでしょう」
スケールが大きすぎて、話に入れないサントスとエミリー。
「せめてこの子の親を探したいものですが、我々はもう、この星を立たないといけない…。果たして、どうしたものか…」
そこでエミリーが提案する。
「じゃあ…私たちの家で預かるわけには、いかないですかね?」
「え、エミリーさんッ!?」
すっ飛んだ提案をした彼女に、素直に困惑するサントス、
「ペットを飼うわけじゃないんだよ!?そんな簡単に…」
「いいじゃない。この子、可愛いし、あんな綺麗な光景を見せてくれたんだから、お礼しなくちゃ」
「いやいやいやいや」
すっかりその気のエミリー。慎重な態度のサントス。だが、この手の決定権はいつもエミリーが握っていた。尻に敷かれているわけではないが、こういう時の彼女の圧は強い。
「ほ…本当によろしいんですか?ご迷惑では…」
「人間じゃないんですよ?我々は」
申し訳ないショーンとナディア。
「いいですよー。それに、こんなところで餓死されちゃ、それこそ夢見が悪いというものですから。これからよろしくね」
「ちょっと、僕の意見は!?」
「どうせOKなんでしょ?」
「…まあ…いや…うん…」
「じゃあ、決まり!!ね?」
そう言うと、安心したショーンとナディアは、湖面に立ち擬態を解いた。確かにその鯨の姿は、この子の本当の姿の3倍はある。無数の星屑を纏い、光に満ち、神々しい。
「おお…」
「本当にデカいわね…」
「ありがとうございます。きっとこの子の両親からコンタクトがあるはずです。それまでの間、よろしくお願いしますね」
そう言い残すと、遥か天高く昇っていき、地球を飛び立っていった。そして、気づけばいつもの日差しが戻ってくる。状況が分かっていないのは鯨の少女。
「今日から私がお母さんの代わりだと思ってね」
「じゃあ…僕はお父さんかい?」
「え…あの…」
「あなた、お名前は?」
「…シュレディンガー・エポール・シャロン・ノイジーン…」
「あー、長いし難しいわね。何か代わりの名前、考えなきゃ」
「…君にそんなセンスを求めるのは酷だなぁ…」
「何よー」
街の自宅までの帰路でエミリーと鯨の子は、後部座席で眠っていた。だが星屑の鯨の娘は警戒心を露わにしていた。こうして、一風変わった共同生活が始まる。
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