第3話 星渡りのカナディアンシチュー

「ここら辺は、朝は冷えますから、これなどいかがかしら。お口に合うかどうか」


 老婆ナディアは、ハーブとチーズがかぐわしい、カナディアンシチューを出して、サントスとエミリーをもてなした。


「はあ…」


 あまりに不可思議だったので、言葉が出てこないサントスたち。そこで老父ショーンが切り出した。


「あれは『星屑の鯨』。実は我々もあの鯨と同じ種族でして」


「え?でも、どう見ても人間のご夫婦ですよね?あ、これ美味し」


 シチューに舌鼓を打ちながら、まずはエミリーが尋ねる。


「我々はこの地球ができる前から、遠い銀河を泳いでこの星に辿り着きました。我々のいた星々は、この星のような文明こそありません」


 ショーンは続ける、


「しかし、我々はいろいろな力を持っております。この星の人間の姿に擬態するのは朝飯前ですよ」


 驚く二人。ということは、


「じゃあ、あなた方は宇宙人と言っても…?」

「差し支えありませんな」


 笑顔を絶やさず返答する、老人ショーン。ショーンの言葉の後に、ナディアが続ける。


「とは言ったものの、この星は我々の種族には小さすぎます。実はこの星の周りで数多くの同志が泳ぎ続けておりまして。千年に一度、交代で地上に降りてるのですよ」


「私たちには千年という時間は、それほど大した時間ではないのです。お分かりの通り、交代の時期が来たのです」


 しかし、よくよく見るとショーンたちは困った表情をしている。サントスは見逃さなかった。


「…何かお悩みでもありそうですね?どうしたんですか?」


「今、飛来したあの子は幼子ですな。成体ならあの30倍は体が大きいはず…」


「この星に降りたとき、両親とはぐれた様ですね…困ったわ…」


 渋い顔のショーン、ナディア夫妻。その時、湖面が一際、輝いた。すると、もうそこには鯨の姿は無かった。


 そして入口の扉が開くと、そこには一人の少女が立っている。この子が先ほどの鯨が人間の姿になったものらしい。


「おなか…すいた…」


「おお、こっちへおいで。つらかったろうなぁ、まずはお食べ」


 すると少女は、出されたカナディアンシチューを平らげ、涙を流す。よほど美味しかったのか、二杯目もあっという間に平らげた。


「…お父さん…お母さん…どこぉ…?」


「我々の泳いでいる宇宙空間には、食物がありません。同志たちは、もう何億年と食事を取っていない者がほとんどでしょう」


 スケールが大きすぎて、話に入れないサントスとエミリー。


「せめてこの子の親を探したいものですが、我々はもう、この星を経たないといけない…。果たして、どうしたものか…」


 そこでエミリーが提案する。


「じゃあ…私たちの家で預かるわけには、いかないですかね?」

「え、エミリーさんッ!?」


 すっ飛んだ提案をした彼女に、素直に困惑するサントス、


「ペットを飼うわけじゃないんだよ!?そんな簡単に…」


「いいじゃない。この子、可愛いし、あんな綺麗な光景を見せてくれたんだから、お礼しなくちゃ」

「いやいやいやいや」


 すっかりその気のエミリー。慎重な態度のサントス。だが、この手の決定権はいつもエミリーが握っていた。


「ほ…本当によろしいんですか?ご迷惑では…」

「人間じゃないんですよ?我々は」


 申し訳ないショーンとナディア。


「いいですよー。それに、こんなところで餓死されちゃ、それこそ夢見が悪いというものですから。これからよろしくね。…お姫様?」


「ちょっと、僕の意見は!?」

「どうせOKなんでしょ?」

「…まあ…いや…うん…」

「じゃあ、決まり!!ね?」


 そう言うと、安心したショーンとナディアは、湖面に立ち擬態を解いた。


「おお…」

「本当にデカいわね…」


 確かにその鯨の姿は、この子の本当の姿の30倍はある。無数の星屑を纏い、光に満ち、神々しい。


「本当にありがとうございます。何かあれば、我々は必ずお力になりますので」


 そう言い残すと、遥か天高く昇っていき、地球を飛び立っていった。


 そして、いつもの日差しが戻ってくる。こうしてサントスとエミリー、星屑の鯨の子の共同生活が始まった。

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