第2話 星屑の鯨
翌朝3時。この朝の早さに慣れているサントスに比べ、エミリーは半分寝ぼけていた。車の運転はサントスが行い、エミリーは車中で再び眠っている。
こうして走る事、3時間半。目的地のオルボス湖に到着した。朝釣りにはもってこいの快晴。…といっても日の出はまだか。サントスは車を降りると、ん~っと伸びをする。
朝の澄んだ空気が気持ちいい。相変わらずエミリーは夢の中だった。サントスは準備を整えてから、彼女を起こすことにした。それも気づかいと言うものだ。
ようやく目を覚まし、サントスと同じく、ん~っと伸びとあくびをするエミリー。どうやら熟睡していたようで、隠してはいるが未だに寝ぼけている様子。
「遠かったねー。今日は何を釣るの?」
「そうだな…やっぱりトラウトやマス、あとは鯉とかかな?」
「へ~、やっぱり美味しいの?鯉って食べられるんだ」
エミリーはやはり釣りより食欲のようだ。彼女らしいと言えば彼女らしい。正直なところがサントスに好かれる理由だろう。だが、サントスはこう諭す。
「コラコラ、今回はキャッチ&リリースだよ。味じゃなくて釣りを楽しむの。こう…何て言うかな、自然と一体になるのさ」
「なーんだ、まあ、いいけど」
少しエミリーの興が削がれたようだが、彼氏といるのはそれだけで楽しい。その証拠にエミリーのニコニコが絶えない。ラブラブだな。羨ましい限りと言わんばかりだ。
「ほら、お弁当も作って来たから。つまんでつまんで」
「美味しそ~!!いやー私、良い彼氏持って、ホント幸せだわ~」
サントスがバスケットを開くと、定番のフィッシュアンドチップスに、ソフトバゲットのBLTサンド。ローストビーフまである凝り様。エミリーは意気揚々とし、ご機嫌だ。
「さ、始めようか」
サントスは竿を手に取り、エミリーに渡す。ルアーはすでについており、あとはポイントに投げ入れるだけ。この湖は初心者向けなので、彼女でも難なく釣れるだろう。
(ああ…いいなぁ。この感じ。これだから辞められないよ)
澄んだ空気、湖の冷気、朝もやがかった空。遠くに見える雑木林。サントスは自然と一体になっている、この瞬間を噛み締めていた。一方、エミリーは大袈裟に格闘していた。
「…ん?あれ、これはもしかして…」
「エミリー!!かかってるかかってる!!巻いて巻いて!!」
エミリーはサントスの手伝いも借り、湖から釣り糸を引き上げる。その先には大きなトラウトが釣れていた。二人は大きな笑顔がこぼれた。やはり釣りは釣れなければ面白くない。
その後も十数匹釣ったところで、サントスはニコニコのエミリーと共に写真に収めた。やはり、仕事よりも趣味で釣る方が何倍も楽しい。今日は釣果もそうだが、当たりの日である。
そして、釣った魚たちを湖に返し、サントスは帰り支度をはじめ、エミリーは余ったフライドポテトをポリポリと食べていた。気付けば日は陰り、もうすぐ夜だ。
彼女が文句を言いださなくて良かった。二人とも時の流れから解放されていた証拠だ。サントスはただ、釣りが上手いだけではない。その場の空気を支配させたら、天下一品だった。
夜の帳が降り、澄んだ空に星が点々と見えてきたその時、エミリーは空の異変に気付く。流れ星が降りた。それ自体は不思議でもない。しかし…
「…あれ…流れ星かな…?」
「ん-?…それにしちゃ消えないな」
これは本当に星屑か?疑問を持つ二人。消えないどころか、数がどんどん増えている。そしてその姿は生物のように形取られていく。そう、まるで鯨のように。
「ん?…んん!?」
「なあ、こっちに来てないか!?」
「きゃああっ!!」
そして、その流星群は激しい水しぶきを上げ、オルボス湖に降り注いだ。その星屑は水浴びを楽しむ鯨そのもの。だが、その美しさは筆舌に尽くしがたい。二人はその美しさに息を飲む。
『ウロロロロロロ…』
「あ…あれは…」
「鯨…だよね?」
湖の中心から、星屑で形成された大きな鯨が、流星の光を纏いながら、湖面上に姿を現した。『星屑の鯨』は水浴びでもするように、湖面を泳ぐ。淡水だがいいのだろうか。
「…綺麗」
「…ゆ…夢でも見てるのか、俺たちは?」
夢か現実かもわからないまま、二人はその優雅さに目を奪われていた。その時、近所に住んでいると思われる老夫婦がこちらへとやって来た。そして、老父が鯨に語りかけた。
「長旅ご苦労だったね、シュレディンガー。怪我はないかい?ゆっくり休むといい」
シュレディンガーと呼ばれた鯨は、鳴くことも語ることも無かったが、何か意思を伝えたことだけは、サントスたちにも理解できた。その時、
「おや?お客さんかい?」
「あらあら」
先程から、老夫婦はサントスとエミリーに気付いていた。二人は見てはいけないものを見た気がしたが、老夫婦は構わず笑顔で手を振りながら近づいてくる。
「あの、えーと…」
言葉に詰まるサントスたち。
「いやいや、無理なさらず。状況が分からんでしょう」
「あ…はい…」
老夫婦は何事も見透かしたかのような、澄んだ目線を送っている。この二人も普通の老夫婦のはずなのに、不思議な気配を纏い、見る者を魅了する。あの鯨のように。
「なら、説明して差し上げましょう」
「どうぞ、我が家においでくださいな」
「は…はあ…」
老夫婦は優しく声をかけ、サントスたちを岸辺に建てられた家に招待した。二人はキョトンとするが、とりあえず悪い状況ではないようだ。なすがまま同行した。
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